翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

読書会 『小さい牛追い』

 昨日は、奇数月に川越の絵本カフェ、イングリッシュ・ブルーベルさんで開いている、外国の古典児童書を読む読書会でした。

 課題本はノルウェーの作家、マリー・ハムズンの『小さい牛追い』。

小さい牛追い (改版) (岩波少年文庫134)

小さい牛追い (改版) (岩波少年文庫134)

 

  店主の元図書館員だったKさんのほか、出席者は、図書館員や子どもの本が好きでさまざまな活動に携わっている方たち、そして、翻訳者のNさんと原田、計9名でした。

 みなさん、読書量が半端ないです。読みこみも深い。

 

 

『小さい牛追い』は、わたしはまったく知らない作品でした。原作は1933年にノルウェー語で発表されたもので、その英訳から石井桃子さんが日本語に翻訳したものが、1950年に出版されています。

 ノルウェーの農家の一家、両親と子ども4人が、夏のあいだ、牛やヤギを放牧するために山の牧場へ行き、そこで子どもたちが遭遇する事件や、その時の気持ちをユーモアを交えて描いた作品です。

 ファンタジー大作のようなダイナミックな展開があるわけではないので、正直、わたしはあまり入りこめなかったのですが、出席者のみなさんの評価は高かったですね。長男のオーラと次男のエイナールがからむ出来事が多く、性格の大きく異なる男の子二人のやりとりに、ご自身やお子さんたちが幼かったころの記憶を重ねて、ハムズンの、子どもの心理への理解を賞賛する方もいました。

 また、若いころに時間に追われて読んだ時はそうでもなかったが、今回、ゆっくり味わって読んでみると、その良さがわかった、という方もいました。なるほど、本には、ページをめくる暇も惜しんで先を読みたくなる本がある一方で、読み手が心のゆとりをもち、描写や展開の妙を楽しみながら読むべき本がある、ということなのでしょう。

 今回、わたしがあまりぴんと来なかったのは、急いで読んだからかもしれません。また、この作品には、『牛追いの冬』という、秋になって山からおりてきたあとの一家の生活を描いた続編があり、じつは、原作はこの二冊で一冊なのだそうです。前半で布石を打ち、後半でそれを生かしているところもあるようで、『小さい牛追い』だけでは不十分に感じるところもあったようです。

 ただし、この本を、今の日本の子どもたちが読むんだろうか、という疑問は残りました。大人が子どもたちの心理を知るのによい本だ、という話も出ましたね。たしかにそうかもしれません。

 

 翻訳に関して言えば、石井桃子さん、さすがです。小学校中学年くらいからが読者対象だと思うのですが、シンプルな言葉づかいで読みやすい(生成りの風合い、という話が出ました)のに、時おりはさむ抽象的な言葉や漢字を使った熟語が訳文全体を引き締めています。そのバランスが絶妙。少しむずかしめの言葉も、文脈の中でうまく使われると、子どもたちは完全には理解できなくても、その語の正しい使い方を感じとり、自分の中に蓄積していくことで、いずれ自分の言葉にしていくのだろうと思います。そういう意味でも、石井桃子さんの言葉の使い方は絶妙だと感じました。

 作者について調べてみると、ご主人のクヌート・ハムズンはノーベル賞作家、マリー自身は、第二次大戦中にナチスを支持したために、戦後、裁判にかけられて9ヶ月の禁固刑を受けていることがわかり驚きました。この本に描かれた自然の中での素朴でおおらかな暮らしと、ナチスのイメージがあまりにかけはなれているからです。

 

   とくに、お子さんをおもちのお母さん、お父さんにおすすめです。でも、ゆったりした気分で読んでくださいね。

 たぶん、どの図書館でも借りられると思います。(M.H.)