翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

日本翻訳大賞授賞式 報告 その2

 印象に残った話を順不同で。

   

 一次選考に残った15作のうち、英語からの翻訳が7編、その他の言語からの翻訳が8編。二次選考を通った5編は、英語2編、あとはチェコ語、韓国語、中国語からの翻訳だったということ。選考委員5人は、松永さんがドイツ語だが、あとの4人は英語が専門。だから、各国語に堪能な方に、訳文の正確さをチェックしてもらったのだそうだ。選考委員の皆さんは、一様に、こういう機会がなかったら、読まなかっただろう作品に接した喜びを語っていらっしゃいました。

   英語圏以外の国の文学翻訳について、改めて考えさせられる話です。

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 ヒョン・ジェフンさんが、『カステラ』は、まずはこの作家を日本の読者に受け入れてもらうために、今回は、わかりやすい文にしたが、原作の味は損なわれたところがある。この作家の作品を翻訳する次の機会には、そこを表現したいとおっしゃったのが、グサリと来ました。お隣には、今回、日本語へのファインチューニングを担当した斎藤さんがいらっしゃっての発言なのですから、なおさらヒョンさんの翻訳に対する真摯な姿勢がよくわかる一言でした。

 会場の通路で写真を撮影していたクライン出版の社長さん(と言っても、一人でやってるそうですが)、文弘樹さんが、「『カステラ』の表紙の写真は、いい写真だが、どうしたのか?」という話が出ると、「わたしが事務所の冷蔵庫で撮った。だいたい、いつもこの冷蔵庫には物が入ってない。カステラは、新宿の◯◯の、千ウン百円のやつで、カメラは今撮影しているこのデジカメだ」とおっしゃった時は、会場大爆笑でした。

カステラ

   でも、この時、小さな出版社を経営している文さんの喜びがストレートに伝わってきました。斎藤さんが、「この本は、韓国人が書いた作品を、韓国生まれの韓国人であるヒョン・ジェフンさんがまず訳し、次に、日本生まれの日本人である私(斎藤さん)がその日本語に手を加え、出版したのは在日韓国人の文弘樹さんです」とおっしゃったことも印象に残りました。

   やはり斎藤さんだったと思いますが、「『カステラ』の奥付を見ると、発行日が2014年の4月19日で、これは、1960年に、韓国で李承晩政権を倒すきっかけとなった民主化デモの起きた日付であり、クラインの文さんが意図的にこの日を発行日にしたのです。そして、今日の授賞式もやはり、4月19日なのです」といったような話がありました。確かに、運命的ですね。

 

 

    篠原さんだったか、チェコの歴史は、西欧人の著した歴史から見れば、全て周縁にある、と言ったようなことをおっしゃったと記憶しています。『エウロペアナ』のアイロニカルなテイストの話だったと思います。

 また、篠原さんが『エウロペアナ』の原書をプラハの書店で見た時の話、東京外大(私の母校でもあります)の学食で、阿部さんに、「この本、翻訳しようよ」と声をかけた話なども面白かったですね。そして、柴田さんに、この表紙はどうしたの、と尋ねられた篠原さんは、原書の表紙を使おうとして、著者に尋ねたら、「出版社がもっている」、出版社に尋ねたら、「著者がもっている」、と言われ、結局インターネットで版権フリーの似たようなものを探したのだ、とおっしゃっていました。

エウロペアナ: 二〇世紀史概説 (エクス・リブリス)

 

 こうしたあれこれの裏話は、選考にあたってはなにも考慮されていないと思うのですが、選ばれた2作はもちろん、読者賞の『ストーナー』には東江一紀さん最後の訳業という物語が裏にあり、そして、おそらく、一次選考に残った作品も、いや、多かれ少なかれ、すべての翻訳作品に、作者・訳者・出版社、そして読者の裏話(物語)が付随しているのではないかと思いました。

   選考委員の岸本佐知子さんが、「皆さんの推薦文がとても良かった。熱い想いが溢れていて、これだけでも、まとめて本にしたいくらいだ」とおっしゃっていたのは、そういう読者の翻訳書との関わりから生まれた物語が裏にあるからなのではないでしょうか。

 

 いつまでも、翻訳書の話を書いていたい気分ですが、それは、また、来年の授賞式後に書きたいと思います。今回は、この辺で。(M.H.)