翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 《インタビュー》第3回 前半 ── 東京創元社編集部 小林甘奈さん・宮澤正之さん

  話の中に出てくる、バローズの『火星のプリンセス』。『本の雑誌』最新5月号に、厚木先生がこれを翻訳出版するに至った経緯が載っていました。この素晴らしい表紙絵のことも触れられています。

火星のプリンセス―合本版・火星シリーズ〈第1集〉 (創元SF文庫)

 厚木先生には、バベル翻訳学院で半年間教えてもらいました。エンタテインメントの講座で、教材は、たしか第二次大戦の特殊部隊物だったような……。すでにかなりのお年だったと思うのですが、毅然とした講義ぶりでした。一度、講義のあとに昼食をご一緒したことがあるのですが、その時、「きみは、教師をしている割には筋がいいね」というようなことを言われたのを覚えています。厚木先生、英語教師の翻訳は直訳で硬くなることが多いという印象をもたれていたようです。

 うーん、そうかも……。

 

 では、どうぞ。

 

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《インタビュー》第3回 前半

 ── 東京創元社編集部 小林甘奈さん ・宮澤正之さん

(2009年3月30日掲載記事 再録)

 

小林 甘奈(こばやし・かんな)さんプロフィール

 (株)東京創元社編集部、主にファンタジーやYAを担当

 以前、原田の訳書、『月曜日は赤』の編集担当をしていただきました。いつも明るく柔らかな雰囲気をおもちの方です。今回のインタビューも快く手配していただきました。

 

宮澤 正之(みやざわ・まさゆき)さんプロフィール

 (株)東京創元社編集部、翻訳ミステリ担当

 まだ三十歳ということですが、中学生の頃からの筋金入りミステリファン。話の端々から、このジャンルに対する愛情がビンビン伝わってきました。

 

(プロフィールは、いずれもインタビュー当時、2009年2月時点のものです)

 

 対談企画第四弾は、翻訳エンタテインメントの分野で、常に日本の出版界をリードしてきた東京創元社の編集者お二人に、海外ミステリのこと、翻訳やリーディングのお話などをうかがってきました。

 前半は、創元推理文庫や翻訳の寿命といった話題を中心にお送りします。

 聞き手はわたし原田と、翻訳者の斎藤静代さんです。

 

創元推理文庫創刊50周年

原田:さっそくですが、今、東京創元社が出している本で、日本の作家さんのものと翻訳ものというのはどれくらいの割合なんでしょう?

宮澤:だいたい半々ぐらいですね。

原田:翻訳ミステリの年間出版点数は?

宮澤:月に三、四冊くらい、年間で四、五十冊といったところでしょうか。

原田:東京創元社といえば翻訳推理小説、というイメージがあります。もともとは大阪の創元社さんから分かれてできたと聞いていますが、設立当初から翻訳ものを、ということだったんでしょうか?

宮澤:最初は大阪の創元社と同様に、主に社会思想や歴史、仏文学、音楽などの総合的な出版を手がけていたのですが、なにか東京創元社独自のものをということで、翻訳エンタテインメントを手がけたという経緯があります。じつは2004年が会社の創立50周年で、今年2009年が創元推理文庫の創刊50周年なんです。

原田:創元推理文庫といえば、背表紙のマークが有名でしたね。

小林:そうですね。おじさんマーク(横顔マーク、とも)とか、拳銃マークとか、猫マークとか言われていました。今はついていないんですが……。

原田:わたしも子どもの頃に、エラリー・クイーンやクロフツなど、ずいぶんお世話になりました。

小林:そのあたりは本格推理なので、おじさんマークでしたね。

原田:SFでは、バローズの火星シリーズにはまりました。ここに復刊された合本版をもってきたんですが、ほら、表紙がセクシーで(笑)。じつは、わたしは、このシリーズの翻訳者で、こちらの編集長でもあった故厚木淳先生に、半年ほど翻訳を習ったことがあるんです。

宮澤:そうでしたか。SFは途中で推理文庫から分かれて、現在は創元SF文庫として独立しているんですよ。

小林:一方ファンタジーは、怪奇幻想部門ということで、なぜか推理文庫の方に残ったままなんですが。

 

翻訳ミステリの影響力

原田:創元推理文庫が創刊された頃(1959年、昭和34年)は、日本ではまだミステリの書き手の層も薄かったでしょうし、翻訳ミステリがもつ影響力というのはとても大きかったと思うんですが、今はどうでしょう?

宮澤:日本の作家さんでも、三十代より上の人たちは自分たちの読んだ翻訳ミステリにあこがれて作家になった人も多いんです。そういう意味での影響というのは今もずいぶんあると思いますね。ただ、これだけ出版点数が多くなりますと、日本のものか翻訳ミステリか、どちらかに特化した読者もいらっしゃるようです。

原田:なるほど。読者はジャンルについたり、作家についたりしますからね。編集者として、そういう実感はありますか?

宮澤:ええ。新しい作家のシリーズものを始める時などは、既に翻訳されている作家や作品を思いうかべて、あの作家のファンなら今度のシリーズを読んでくれるんじゃないか、というふうには考えますね。

原田:英米のミステリだけでも相当の点数が出版されると思いますが、原書の選択はどういう方法で?

宮澤:エージェント、編集者、翻訳者、それぞれが目をつけたものを、リーディングを通じて絞っていきます。

原田:本国で売れているからといって、日本で売れるとは限りませんよね?

小林:文化や生活習慣の違いで、欧米の人にとっては当たり前のことでも、日本人にとってはなじみのないことが出てくる場合、割注ばかりになったら読みにくいでしょうし、ましてやそれが犯人の心理や行動の背景になっていたら、日本の読者には面白みが半減してしまうのではないでしょうか。ホラー小説でも、文化や宗教の違いで怖さの感覚が変わることもあります。

原田:逆に、海外ではそうでもないのに、日本では人気が出る場合はありますか?

宮澤:本国では絶版になっているものを、ずっと出しつづけて売っている、というケースはありますね。シリーズの続刊が本国でも出ていないのに、次はいつだ、という問い合わせのお便りが読者から寄せられることもあります。

小林:欧米と日本の出版事情の違いもあって、日本のほうが地道に再版や復刊をする傾向にあると思います。

 

息の長い作品にするために

原田:東京創元社も、文庫創刊50周年ということもあるんでしょうが、名作を復刊したり、叢書の形で出しなおしたりしていて、翻訳ミステリ・SFのジャンルをしっかり育てよう、守ろう、という気概が感じられますが、いかがでしょう?

宮澤:長年愛されてきた作品というのは、会社の財産であり、それを出しつづけること、あるいは形を変えて復刊させることは、われわれにとっても、読者にとってもメリットがあると思うのです。

原田:すぐに絶版になって、それでおしまい、というものが増えているので、訳者にとってもありがたいですね。

小林:でも、復刊したら、「古書店でやっと見つけて、高いお金を出して買ったのに……」なんて怒られることもあるんですよ(笑)。

宮澤:古いものでもいいものは残しておきたい、途絶えさせるわけにはいかない、という思いはありますね。

斎藤:版を重ねると、翻訳が時代とともに古くなることがあると思うんですが、そのあたりはどういう対処をしているんでしょうか?

宮澤:個々の作品を読みなおして、問題ないと思えばそのまま出しなおしますし、古くなっていると思えば、部分的に言葉を直すこともあります。食べ物や風俗などに顕著ですが、翻訳当時は日本になかったので説明的な表現になっていたものが、今ではありふれたものになっているので、ストレートに訳せる場合があります。

小林:スピード感やスリルが命の作品の場合など、さすがに古い訳では訳文のリズムが遅くて、今読むと、のんびりしすぎているように感じますね。やはり、それぞれの作品の傾向によって直したいところが変わってくる、ということでしょうか。逆に、時代性をあまり反映していない作品では、ほとんどそのまま通用するので、もとの訳文の古風な味を保ったまま復刊することができます。

原田:読者も懐かしさを覚えて買い求めることもあるでしょうしね。もしかしたら、50年というのは、一部の言葉を除いて、ほとんどそのまま訳文が使えるぎりぎりの長さなのかもしれませんね。100年経ったら、日本語も相当様変わりすると思いますし。

宮澤:ただ、翻訳当時の流行語などが使ってあると、さすがに浮いてしまいますね。

小林:女性の言葉づかいも、昔は今より「〜よ」「〜わ」などが多く使われていたように思います。今どきの女性は、あまりそんな言葉遣いはしませんよね。新刊の編集作業より、復刊のためにこういうチェックを入れるほうが手間がかかる場合もあるんです。

原田:大変でしょうが、今後もそういう出版方針はぜひ堅持していただきたいと思います

(M.H.)

(インタビュー後半に続く)