読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 第17回 リーディングのディテール(その2)

 この回は、読んだ原書の内容をレジュメに書く時の注意点をまとめています。その中で、「一ページ千二百字程度を縦書きで、あらすじ三、四ページ、感想二ページ程度に」と書いていますが、今は、少し変えていて、横書きで、タイトル(直訳と日本語仮題)と作者名の次に、(1)作品概略、(2)主要登場人物、(3)あらすじ、(4)コメント、(5)原作者について、としています。

 あとは適宜、作品の構成、人称、受賞歴、映画化予定、翻訳権が空いていることがわかっている場合はそのこと、を作品概略とは別立てに書くこともあります。

This Dark Endeavour

 

f:id:haradamasaru:20150428180549j:plain

 上に挙げたのは、拙訳、ケネス・オッペル原作の『フランケンシュタイン家の双子』(東京創元社刊)の原作表紙と、もちこみ時のレジュメの冒頭です。この時は、作品概略や登場人物表をつけていません。

 原題は、"This Dark Endeavour, The Apprenticeship of Young Frankenstein" 。仮題は、『この暗き企み──若き日のフランケンシュタイン1』としています。このタイトルも捨てがたかったんですけどね。

 

 では、どうぞ。

ーーーーーー

 

第17回 リーディングのディテール(その2)

(2009年7月27日掲載記事 再録)

 

 原書を読み終え、さあ、いよいよ、レジュメ、またはシノプシスと呼ばれるものを書く段ですが、なにをどう書くか、体験に基づいてお話ししてみます。

 

レジュメ(シノプシス)の中身と量

 レジュメは、おおまかに言って三つの要素、「あらすじ」と「評価」、そして「その他情報」(書誌情報、海外での評価、受賞歴、作者履歴など)で構成するわけですが、今まで十数社の出版社にレジュメを提出した中で、書き方を細かく指定されたのは二社だけでした。

 記憶をたどってみると、一社は「原題、仮題、あらすじの要約、登場人物表、あらすじ、評価」を書いてほしいということでしたし、もう一社は、これとほぼ同じ内容だったと思いますが、あらすじを各章ごとに書くよう言われ、かなりの分量になったことを憶えています。仕事としてリーディングを受ける場合、レジュメを書く前に、依頼元に書式の確認をするわけですが、あまり細かな書式の指定はないことが多いのではないでしょうか。もっとも、わたしの場合、こちらからもちこむことも多いので、結果的に自分が決めた書式で書いているだけなのかもしれませんが。

 書式の指定がない場合や、企画をもちこむ場合、わたしのいつもの書き方は、一ページ千二百字程度を縦書きで、あらすじ三、四ページ、感想二ページ程度にまとめるというシンプルなものです。最初にリーディングの仕事をいただいた編集の方から、「あらすじと感想でいいですよ。分量はあまり長いと、意見を聞くために編集部内で回覧しても、なかなか読んでくれないから」と言われ、以来ずっとこの程度の分量にしています。もちこむ時も同じようなものですし、それで仕事に結びついたこともあるので、形式・分量とも、まあ、大きな問題はないのでしょう。

 ただし、先日、このコラムのためのインタビューでお話をうかがった東京創元社の場合、ミステリ担当の編集の方は、登場人物表をつけてもらうことがあるとおっしゃっていました。ミステリとして評価するポイントの一つに登場人物の設定があるから、というお話だったと思いますが、作品の評価の参考になるという点では、ジャンルを問わず、登場人物表はあった方がいいのかもしれませんね。

 

あらすじのまとめ方

 あらすじを書くのはいつも苦労します。前回お話ししたノートを元に書いていくわけですが、まずノートを読み返して、赤ペンで主要登場人物に○をつけたり、ストーリーの展開で大事なところに下線を引いたり、感想をつけ加えたりしていくことが多いですね。この作業をやっておけば、レジュメを書き始める前に一度頭の中が整理できますし、実際にワープロで文書を書いていく時も、赤い印がついているところを拾っていけば文章にしやすいからです。

 わたしの場合、ふだんは登場人物表をつけないので、あらすじの中で登場人物を紹介しながら、できるだけ読み手が楽しめるように書くことを心がけています。第三者的な書き方は避け、臨場感のある、物語を語ろうとする文章にするのです。短い文章かもしれませんが、楽しんで読んでもらおうとすると、自ずとストーリーの骨格を捕えることができるように思います。ただし、これには弊害もあって、あとにつける感想であまり面白くないと書いても、「あらすじだけ読むと面白そうじゃないですか」と言われてしまうことでしょうか。

 けれど、このことは、作品を評価する上で一つ大事な視点を教えてくれているように思います。つまり、小説の要素として「なにを書くか」と、「どう書くか」という二つの大きな柱があるわけですが、素材やストーリーが面白くても、文章が冗長だったり、主人公の内面が描かれていなかったり、場面描写が下手だったり、いわゆる作品に深みがないことがあるのです。そのあたりは、「感想」の方でしっかりフォローしておくべきでしょう。

 同じことは、作品を評価する際にも注意しなければなりません。外国の言葉で書かれたものを読んでいるわけですから、どうしても、細かい表現の良し悪しより、ストーリーを追うことに気をとられ、バランスの悪い作品でも、ストーリーの起伏が激しいほど評価が甘くなってしまう傾向があります。それはおまえの英語力が乏しいからだろう、と言われればそれまでですが、やはり、注意すべきところでしょう。逆に、自分ではさほど面白いと思わなかった作品でも、依頼を受けて翻訳してみると、気づかなかった良さがたくさん発見できることがあるのも事実です。

 

作品の評価

 あらすじを書き終えると、いよいよ作品の評価、平たく言えば感想を書かなければなりません。じつは、ここはいつも楽しんで書いています。自分が思ったことを書けるのは、あらすじをまとめるよりはるかに自由度が高く、楽しいものです。

 いつもは、あまり書く内容を整理せず、思ったままを書いているだけなのですが、いい機会ですから、目のつけどころを挙げておきましょう。

 大きなくくりとしては、「長所」と「短所」、そして「邦訳・出版すべきか否か」、この三点ですね。長所・短所を見きわめる着眼点はどうでしょうか。これは無数にあるのかもしれませんが、原書が小説であることを前提に考えると、以下のような点があるのではないでしょうか?

 

 1. 作品世界があるか。(作品として成立しているか? アイディアが作品に昇華しているか?)
 2. ストーリー。(起承転結のリズム。導入は? ラストは?)
 3. ジャンル(エンタテインメント・純文学・ミステリ・ホラー・SF・ファンタジー・寓話etc.)とテーマ(戦争・犯罪・病・老い・恋愛・成長・家族・いじめ・移民etc.)。
 4. 作品背景は日本人に理解できるか。(とくに大きく扱われている国・文化・社会・歴史・政治・教育など。原書がベストセラーでも、日本で受け入れられるかどうかは別。)
 5. オリジナリティ。(同じジャンルの作品、とくに古典とされているものや、最近のベストセラーの焼き直しではないか。)
 6. 人物造形。(登場人物に魅力があるか。)
 7. 語り。(読みやすさ、語彙の難易・多寡、息の長短、地の文・会話のリズム感、一人称・三人称など。なにより、「小説」になっているか?)
 8. 出版社との相性。(もちこむ時はあらかじめ相性がいいと思われるところにもちこむが、依頼されたリーディングの場合は当該出版社のラインナップや読者層を考える。)
 9. 対象読者。(老若男女、児童書・YAではとくに年齢層。)
 10. 面白いか。(心が動かされたか? 友人に薦められるか? もう一度読みたいか?)

 

すべてのレジュメは「主観的」

 上記、無理やり十項目にまとめた観もありますが、おそらくわたしは、毎回、このような着眼点から作品を評価しているように思います。もちろん、このすべてについて、長所・短所をならべたてるわけにはいきませんから、その時々に自分のアンテナに引っかかったことを書いています。

 そして、作品を評価する姿勢ですが、すべての評価はつきつめれば主観である、と思って書いています。ベストセラーだからと言って万人が高い評価をするわけではないし、売れていない佳作だってたくさんあります。評価の裏付けは整理しておかなければなりませんが、客観的に評価してください、と言われても、わたしはわたしの思ったことを書くしかありません。

 編集者は、自分ですべての原書を読むわけにはいきませんし、そう何人ものリーダーに依頼するわけにもいきませんから、いわゆる「客観性」のようなものを求めてくる場合もあるでしょう。そうした「客観性」らしきものを高めるには、同じジャンルの古典や最近の話題作を読んでいた方がいいのでしょうし、シェイクスピアや聖書の知識もあった方がいい。同じ作者の代表作は読んでいた方がいいし、最新作も知っていた方がいい。作家論や文芸批評、政治、歴史、映画、絵画、音楽、スポーツ、どんな知識でもある方がいいに決まっています。でも、どれも限界があります。努力はすべきでしょうが、リーディングをする時点で自分の中にある知識や経験以上のものを物差しにしようとしても、ないものはないのです。その限界を知った上で、読み、評価するしかないと思います。

 よく言われることですが、原作が本国で出版されている以上、作者と版元の編集者、最低二人はその作品の支持者がいるわけで、自分が世界で三人目の支持者だとしても、それはそれで面白いではないですか。そういう意味では、以前、このコラムで、徳間書店の上村編集長にインタビューした時、「複数のリーダーに読んでもらって評価が割れる作品は、じつは力のある作品のことが多い」とおっしゃっていたのが印象的です。

 紙面が尽きてしまいました。次回は、引き続き作品の評価のこと、そして、リーディングの楽しさ、などについて書いてみたいと思います。

(M.H.)