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翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 第19回 第二外国語

 第二外国語、に遭遇したのは、大学に入った時でした。昔は、よくあったと思うのですが、今時の大学はどうなんでしょうか? 

 たまに母校の東京外国語大学へ行くと、さまざまな言語を専攻している後輩たちが生き生きと学生生活を送り、留学へと出かけ、また帰ってくる様子を見て、その姿がまぶしく思えます。怠惰な外大生だったわたしは、専攻語もろくに習得できないままに卒業してしまったことを、今さらながら後悔しています。

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 今年になって、同じ東京外大のスペイン語科卒業の翻訳家、宇野和美さんとお話しする機会を得ました。宇野さん、結婚してお子さんができてからスペインに留学する、という、離れ業をやってのけた方です。今、その子連れ留学の話を、ご自身のブログで連載中です。

 ★宇野和美さんのブログ( 訳者の言いわけ )

うるわしのグリセルダひめ

うるわしのグリセルダひめ

 

  宇野さん訳の『うるわしのグリセルダひめ』は、5月4日の記事でとりあげた、京都の恵文社一乗寺店にも面出しでおいてありました。

 

 

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第19回 第二外国語

(2009年11月9日掲載記事 再録)

 

 大学に入って新鮮に思うことの一つに、「第二外国語」というものがあります。なんだか、「これからの国際化時代を生きる諸君は、英語のほかにも外国語を操れるようにならなければならない。もう一つ勉強しなさい」と言われたようで、ちょっと誇らしい気持ちになったのを憶えています。

 

1.ロシヤ語、2.英語、3.フランス語?

 もちろん、そんな気になるのは束の間で、大半の学生にとってこんな厄介な代物はなく、英語も覚束ないのに、フランス語やドイツ語なんて、と、かろうじて単位をとるだけに終わるものです。わたしの場合はちょっと複雑で、受験科目の外国語は英語でしたが、大学の専攻がロシヤ語だったので、専攻語を「第一」とすれば、「第二」を英語以外の言語にするのは大変です。で、とりあえず、英語を「第二外国語」にしたのですが、無謀にも、「第三外国語」となるフランス語も受講してみました。

 なぜなら、高校時代の愛読書だったトルストイの『戦争と平和』の冒頭が、原書ではフランス語で書かれていることを知っていたからです。ナポレオンが活躍した頃は、ロシヤの宮廷ではフランス語で会話していたようですね。そもそも、ロシヤ語学科に入ったのも、『戦争と平和』を原書で読む、という夢があったからなのですが、その夢がどうなったかはご想像にお任せするとして、フランス語、すぐにくじけました。なんですか、あの語形変化の嵐は?

 かくして、ロシヤ語はやっと卒業に必要な単位をとったにすぎず、わたしのもとに残った外国語は、第一だか、第二だかよくわかりませんが、ほぼ英語だけ、という事態になりました。で、本題です。英語の原書に「第二外国語」が出てきた時、皆さんはどうやって調べているんでしょうか? 英米の作家は、作品の中でしばしば英語以外の言語を用います。これが難物で、たった一行、二行でも訳さないわけにはいきません。また、その部分は登場人物にとっても外国語であるはずで、そうなると、それが外国語であることを訳文に示しつつ、なおかつ、意味も表わさなければならないのです。

 

辞書を引く

 で、どうするか、とりあえず、辞書を引きます。紙の辞書もわが家の本棚に少しずつ増えてきましたが、最近はウェブ上の辞書でかなりのことが調べられるようになったので、とても助かります。

 ウェブ上の辞書では、『Wiktionary(ウィクショナリー)』というサイトが面白いですね。ウィキペディアの親戚で、まだ構築途中ですが、英語版では140万語を超える見出しに、300以上の言語が対応しつつあると書いてあります。このサイトが面白いのは、何語かわからない時に、とりあえず綴りを入力して検索すると、その綴りに該当する語が、言語にかかわらず一度に出てくることです。語義は申しわけ程度にしか書いてありませんが、目的を絞って使えば便利です。

( Wiktionary )

 もう一つ、やはり辞書サイトで面白いものに、『All verbs』があります。このサイトでは、動詞の変化形を入力すると、原形が何語のどういう語で、どういう変化形なのかが検索できるのです。ラテン語を調べているうちに見つけたサイトですが、世界中には同じように困っている人がいるのだなあと思いました。羅英辞典を買ってきてはみたものの、変化したあとの語は原形がわからず、辞書で引けない単語があったのですが、このサイトのおかげで、かなりわかりました。

( All verbs -- Internet's most comprehensive verb conjugation site. )

 辞書は発音がわかるものが重宝します。なぜなら、第二外国語にあたる部分は、日本語の訳にカタカナでルビをふることが多いからです。登場人物にはその言語が理解できないという設定の場合は、原文をカタカナ表記するだけに留めることもあります。もっとも、ここはさじ加減がむずかしいところで、たとえば、イギリス人がドイツ語を耳で聞くという設定では、日本人がドイツ語を聞く場合より理解できる可能性があり、また、その人物の生い立ちや教養などによっても理解の程度はちがいます。そうした背景を考慮して表記法を決定することになります。いずれにしても、発音がわからないと困るわけで、手もとにある紙の辞書は、仏和、独和、蘭和、どれも発音記号が載っているものを買い求めました。ただ、リエゾンやアクセントによる音の変化まではわからないことが多く、苦労します。

 

人に尋ねる

 いくら自分で調べたとはいえ、きちんと習っていない言葉は、調べたことが正しいかどうかわからず、カタカナ表記もおかしなことになっていないか不安です。ですから、できるだけその言語に精通している人を捜してきて、相談することになります。編集者を通じて人を紹介してもらうこともありますし、幸い、わたしの場合は外国語大学出身なので、友人や先輩・後輩のつてをたどって、その言語を専攻していた人に尋ねる場合もあります。

 人に尋ねる場合でも、あらかじめ自分でできるだけ調べ、原文、日本語表記、推定される意味、必要に応じて前後の文脈などをリストにして送り、これでどうだろうか、と訊くようにしています。こちらには、返ってきた答えが本当に正しいかどうか検証する力はありませんが、調べたことがそうはずれていなければ心強いですし、またこうしておけば、質問相手にこちらの誠意が伝わると思うからです。

 何度か経験してわかったのですが、知りたいことを人に尋ねて期待した答えを得るのは、じつはそう簡単ではありません。先方がどれだけ専門的に勉強したかわからない場合もありますし、出版の仕事を経験していない人は、日本語表記が通例どうなっているかなど、細かいところまでは気にしていないのがふつうです。それに、こちらの都合で人を辞書代わりに使おうとするのは、じつは大変失礼な話で、いくら知人でも迷惑だと感じる人もいるでしょう。見ず知らずの人に尋ねる場合はなおさらです。わたしも、後で思い返すと、ああ、なんて失礼なものの尋ね方をしてしまったのだろう、と後悔したことが何度かあります。

 

イディッシュ語って、どこの言葉?

『わたしの知らない母』(ハリエット・スコット・チェスマン作、白水社)の場合、フランス語がたくさん出てきたので、友人にも見てもらいましたが、編集者にも相談しました。白水社はフランス語の辞書や学習書を出版していますから、社内に堪能な方がいらっしゃって、チェックしてもらえたのです。でも、この時も、わからないながらも自分で辞書を引きまくって、意味と発音のカタカナ表記表を作成し、直してもらう形をとりました。表記はずいぶん直されましたが、それでも、意味はほとんどとれていて、なんとなく安心して原稿にすることができました。

 ところが、同じ作品の中にイディッシュ語が出てきて、これには困りました。イディッシュは、ドイツ語をベースにヘブライ語やスラブ語などが混じってできたユダヤ人の言葉です。とくにドイツや東欧諸国に暮らすユダヤ人が使用してきた言語で、今も世界中で三百万人を超えるユダヤ人が使っていると言われています。インターネットで調べがついた部分もあるのですが、わからないこともありました。そこで、意を決してイスラエル大使館に電話してみると、直接教えてはもらえなかったのですが、日本におけるイディッシュ語の第一人者のお名前を確認することができました。イディッシュ語の参考書も書いていらっしゃる方で、ある大学に勤務されている教授だとわかりました。そこで大学宛に手紙を書くと、しばらくしてご本人からメールで丁寧な返事をいただき、疑問点は解消され、ほんとうに助かりました。

 ここまでするかどうかは、時と場合によります。返事をもらえない場合もあるでしょう。でも、返事をもらえると、なんだか、是が非でも外国語を理解したいというこちらの思いが先方に伝わった気がして、調べがついたことより、返事をもらったことそのものがとてもうれしく感じられるものです。

 というわけで、今までお世話になった方々、ありがとうございました。オランダ語のNさん、いつもラテン語・スペイン語の辞書代わりにしてしまっているKさん、ドイツ語のEくん、フランス語のSさん、Tさん、Yさん、そのほか、迷惑をかけてきた皆様に、この場を借りて改めて御礼申しあげます。そしてこの先、相談するかもしれない「第二外国語」の潜在的な先生の皆様、わたしからのメールが届きましたら、なにとぞ、よろしくお願いいたします。

(M.H.)