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翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 第20回 紆余曲折

コラム再録「原田勝の部屋」

  訳しはじめた本が、出版できなくなるかもしれない、というのは、案外、翻訳者は経験していることなのかもしれません。この回は、そんなわたしの訳書のことを書きました。

わたしの知らない母

わたしの知らない母

 

『わたしの知らない母』もその中の一冊です。拾ってくれたのは白水社ですが、当時、担当してくださった編集者さんと、しばらくぶりにお会いしたのは翻訳大賞の授賞式会場だったことは、4月21日の記事で書いたとおりです。

 

 

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第20回 紆余曲折

(2009年12月7日掲載記事 再録)

 

 翻訳書には、原書選びから出版に至るまでそれぞれの経緯があります。そして、晴れて自分が翻訳することに決まった作品でも、すんなり出版されない場合もあります。今回は、わたしの訳書の中で、紆余曲折を経て出版にこぎつけた例をふりかえってみます。

 

最初の仕事

 実質的にわたしの最初の訳書となったのは、『ミッドナイトブルー』(ポーリン・フィスク作、ほるぷ出版)というイギリスのファンタジーでした。この本を翻訳させてもらえることになったのは、出版社から頼まれて原書のリーディングをしていたからです。

 話が決まったときはとてもうれしくて、張り切って翻訳作業を進めていたのですが、なんと、三分の二くらいまで訳した頃に、出版社の都合で企画そのものがとりやめになってしまったのです。そりゃあもう、がっかりでした。やっぱり、まだ実力がないことを神様は知っていたのか、なんて思ったものです。ところが、担当の編集者さんたちは、あちこちの出版社に声をかけ、引き受けてくれるところを捜してくれました。そして、最終的に出版してくれたのが、ほるぷ出版、かけあってくれた編集者のお一人が、その後徳間書店に籍を移され、このコラムのインタビューにも登場していただいた上村令さんでした。

 他社にかけあってくれていることを知った時は、ほんとうに感謝しました。契約書を交わす前だったので、事務手続き上は、ごめんなさい、また今度、の一言で終わらせてしまってもいいようなものですが、きちんとあとの面倒まで見てくださったのです。出版の仕事をする上で、こうした信頼関係が大切なのだと骨身に沁みて感じましたし、この先、自分にまかされた仕事は必ず責任をもって仕上げようと決意した次第です。

 

今度は自分で

『わたしの知らない母』(ハリエット・スコット・チェスマン作、白水社)も、じつは同じような経緯をたどった本です。この本は、版権エージェントさんから直接原書を借りて読ませてもらう、ということをしていた時期に巡りあった本で、一般向けの小説ですから、いわゆるジャンル外ではあったのですが、とにかくフィーリングが合った作品でした。しかも、最初にもちこんだ出版社でトントン拍子に話が進み、企画が通ったのです。そして翻訳作業も予定どおりに進み、初稿ゲラが手もとに送られてきた頃でした。担当の編集者から、ちょっとお話が、という電話。出版とりやめでした。

 この時は、わたしも二度目なので、あわてず騒がず、今度は自分の足で引き受け先を当たってみることにしました。そして最初に相談し、しかも出版することを決めてくれたのが白水社でした。他社が一度企画を通しているわけですから、それなりのクオリティはある、と思ってくださったかどうかわかりませんが、ゲラを読んでいただき、わりとすんなり出版が決まりました。

 二十冊ちょっとしか訳書を出していないわたしでさえ、そのうちの二冊にこんなことが起きているのです。ほかの訳者の方々も、きっと似たような苦労をしているのではないでしょうか。わたしの場合は、幸い、二冊とも別の出版社で引き受けてもらえましたが、うまく行かない場合だってあると思います。ただ、二度目の時は開き直っていて、いい機会だから、これをネタに、それまでつきあいのなかった出版社を開拓してやれ、と思っていました。一社がだめでも、二社、三社とかけあえば、それだけ人脈ができるんだからラッキーだ、と。実際には、作品の傾向を考えて最初にもちこんだ白水社さんが引き受けてくれたので、出版社開拓計画はそこで終わってしまったのですが……。

 

この本、すでに訳書があります!

 実際に翻訳の仕事を始める前は、二、三冊訳書が出れば、どこかから電話がかかってきて、「これ、訳してくれませんか?」、と言われるんじゃないかと淡い期待を抱いていたのですが、そんな電話は、なかなかかかってきません。

『ブック・オブ・ザ・ダンカウ』(ウォルター・ワンゲリン作、いのちのことば社)は、『小説 聖書』が日本でもベストセラーになったワンゲリンの作品で、キリスト教色が濃い寓話ファンタジーです。この本は、数少ない「これ、訳してくれませんか?」パターンでした。そう言われて、うれしくないはずがなく、送ってもらった原書を読んで面白かったこともあり、二つ返事で引き受けました。

 ところが、忘れもしません、その頃はもう徳間書店に移っていた上村さんと別件で打ち合わせをしていた折りに、「じつは、今度こういう話をいただいていて」などと、うれしげに話をしたところ、上村さんがぼそりと、「それ、翻訳されたものを読んだことがある気がする」とおっしゃるではありませんか! ま、まさか、いくらなんでも……。さっそく調べると、これが、すでに訳書が出ていたんですね。その時点でもう絶版になっていましたが、サンリオ文庫から『ダン・カウの書』という書名で出ていて、訳者は筒井正明さんでした。

 作者のワンゲリンはまだ生きてますから(来日した時お会いしましたが、とても気さくな方で……おっと、この話はまたいつか……)、版権が切れているはずもなく、いったいどういうこと? こんなことってあるの? と、ただ、ただ、びっくりでした。担当の編集さんに連絡したら、やはり知らなくて、社内で相談するから、という話。あーあ。これでこの仕事はパアだな、と思っていたのですが、すぐに電話があって、「訳し直してうちで出します!」とおっしゃるではありませんか。へえ、そういうことってできるんだ、と、またまたびっくり。

 いのちのことば社がキリスト教系の出版社で、神学者でもあるワンゲリンの著作を出したい、という想いもあったのでしょう。しかし、既訳のある作品を訳し直すなんて、どうしよう、と、別のプレッシャーがかかってきました。考えた末に、まず既訳は見ずに訳すことにしました。見ればどうしても引っぱられてしまいます。一通り訳したあとで、一文ずつ突き合わせをしました。他の訳者の訳文を、原書と通しで見比べたのは、この時が最初で最後ですが、とてもためになりました。いろいろなことを気づかせてもらいましたし、当然のことながら、訳者が違うと、だいぶ印象の違う作品になることを、身をもって知りました。読者は訳者の日本語しか読まないわけですから、責任重大です。でも、自分なりの解釈をしないと、血の通った日本語にならないことも痛感しました。

ブック・オブ・ザ・ダンカウ

ブック・オブ・ザ・ダンカウ

  • 作者: ウォルターワンゲリン,Walter Wangerin,原田勝
  • 出版社/メーカー: いのちのことば社フォレストブックス
  • 発売日: 2002/07
  • メディア: 単行本
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良書を訳したい

 以上、三冊の経験から、今では出版に至るまでになにが起きても、そうあわてることはないと思えるようになりました。幸い、三冊とも書店に並んでくれたのですから、運がよかったとも言えます。関わってくださった編集者の皆さんに恵まれたことは間違いありません。どの編集者も、真剣に本のことを考えてくれました。でも、決め手となったのは原作のもつ力だと思います。編集者が真剣に考えれば考えるほど、出版に値しない本は引き受けてくれなかったはずですしね。

 この三冊は、どれも原作に力がありましたし、また、どれも自分が読んでいい作品だと思ったからこそ出版をもちかけ、あるいは、翻訳を引き受けたものばかりです。「良書を日本の読者に」 これは忘れてはならない翻訳出版の大原則でしょう。

(M.H.)