翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 第24回 インチとセンチ

 この回で例としてとりあげたのは、『王国の鍵4 戦場の木曜日』(ガース・ニクス作、主婦の友社、2010年)です。原書の表紙はこちら。23回では、シリーズ第1巻のハードカバー版の表紙を載せましたが、今度は、この第4巻のペーパーバック版を載せておきます。

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 これもなかなかおもしろいですよ。

王国の鍵 4 戦場の木曜日

王国の鍵 4 戦場の木曜日

 

 

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第24回 インチとセンチ

(2010年5月31日掲載記事 再録)

 

 先日、久しぶりに家内の故郷であり、わたしの本籍地でもある愛媛に里帰りした際、予讃線の車内で、となりで本を読んでいた大学生の息子が話しかけてきました。「ねえ、1フィートってどれくらいの長さだっけ?」彼が読んでいたのはダン・ブラウンの最新作『ロスト・シンボル』。翻訳はもちろん、越前敏弥さんです。

 こいつ、大学生にもなって、1フィート=約30センチ、ほぼ一尺であることを知らんのか? いや、待てよ。自分は大学生のころ、インチ、フィート、ヤード、マイルを、メートル法に瞬時に換算できただろうか? うーん、そう考えると怪しいものだ。そもそも、インチやフィートにお目にかかったのはいつなんだろう? 世間の人たちは、インチ、フィートで表わされた長さや高さに、どれだけ実感があるんだろうか? いや、自分だって、インチ、フィートはまだしも、ポンド、ガロン、バレル、華氏、どれもいまだに実感ないぞ。と、まあ、いろいろなことが頭をよぎりました。

 

換算の手順

 わたし自身の翻訳では、作品の大半が児童書やYA向けということもあり、日本で使われている単位に換算することが多いですね。海外経験のある人が読めば、アメリカやイギリスの物語にメートルやキログラムが出てくると、違和感を覚えるかもしれませんが、やはり、とっさに大きさや重さがイメージできないデメリットの方が大きいと思うからです。

 手順としては、まず出てきた数値にかけ算を施します。例えば、長さの単位で言えば、インチは2.5センチ、フィートは30センチ、ヤードは0.9メートル、マイルは1.6キロをかけます。

 次に、計算した数字の端数を処理します。たとえば、

 

  An arched tunnel, seven miles long, two miles wide, and half a mile high, blocked by four enormous gates.
          (“The Keys to the Kingdom 4, Sir Thursday” by Garth Nix) 

となっていれば、seven milesは11.2キロメートルですが、小数点以下切り捨てで11キロに、two miles=3.2キロを3キロに、half a mileは0.8キロですが、これは800メートルにしました。

 

「天井がアーチ型になったトンネルで、長さ11キロ、幅3キロ、高さが800メートルほどあり、途中、四つの巨大な門で仕切られている。」
                    (『王国の鍵4、戦場の木曜日』ガース・ニクス作)

 

 だいたい、高さはフィートで表わされることが多いのですが、ここでは、長さ、幅がマイルなので、それに合わせてマイル表示になっているのでしょう。日本語では、高さにキロメートルはなじまないのでメートル表示にし、切り上げて1,000メートルにはせず、800メートルのままにしたわけです。800メートルの後に「ほど」をつけた理由はよく憶えていませんが、訳者の心理として、この文章、いや正確には訳文が、数字に厳密ではないことをそれとなく匂わせるだけでなく、換算時の数字の揺れを、この「ほど」で吸収しようという姑息な意図があったのかもしれません。

 訳したら、あくまで日本語として、物の大きさを思い浮かべてみます。これが肝心。時々、作者が間違っていて、とんでもない長さや重さや高さのものが描かれていますから、明らかに間違いとわかれば、訳す時に修正を加えます。このトンネルはどうでしょう? 長さに比べて、恐ろしく幅が広く、高さも尋常ではありませんね。現実にはありえない形状のトンネルです。でも、いいんです。これはファンタジー作品なのですから。

 

どこまで厳密にやるか?

 上の例でわかるように、換算はあまり厳密にやらないことが多いですね。翻訳物を読んでいて、まれに微妙な端数のついた数字が出てくることがありますが、明らかに換算のやりっぱなしだとわかります。ファンタジーの翻訳で、3フィートを90センチとやる必要はあまりありません。1メートルで充分。10ヤードだって10メートルでOKです。そもそも、ぱっと見て90センチと1メートルの差がわかりますか? あなたの家から最寄り駅まで何メートルでしょう? 1キロはないけど、500メートルってことはないだろう、まあ、そんな感覚がふつうですよね。

 極端な例ですが、同じ作品のすぐあとに、こんな描写が出てきます。

 

  Apart from a few fixed locations, the Great Maze was divided into one million mile-square tiles, on a grid one thousand miles a side.

  つまり、このthe Great Mazeなるもの、というか、場所は、1マイル四方のタイル百万枚が1,000×1,000の格子状に配置されているわけです(実は、タイルと言っても、ふつうのタイルではありません。)。ここで、先ほどと同じことをやると、「一辺が1.6キロメートルのタイル百万枚」と、なるわけですが、気持ちよく読んでいた読者は、この数字を見たとたん、「なんだよ、この1.6っていう半端な数字は?」と、思うでしょう。ここで、1マイル=約1.6キロメートルだと知っている読者は、ははあん、と思うわけですが、そもそも、そんな負担を読者にかけてまで、一辺が1.6キロであることを伝える意味があるでしょうか?

 そこで、こうしました。

 

「大迷路は、全体が一辺千キロメートルの正方形で、それがさらに、ひとつ一キロ四方のタイル百万枚に格子状に区分けされている。」

  ちょっと乱暴ですが、ここでは1マイル=1キロメートルにしてしまったのです。正確な距離の再現より、ちょうど切りのいい数字に作られているという点を重視しました。とはいえ、1.6キロを1キロにしてしまったのですから、4割近く目減りしているわけで、それでいいんでしょうか。

 そこで、この巨大な正方形の一辺、つまり1,000キロというのはどれくらいの距離か、具体例で考えてみます。調べてみると、鹿児島から高速道路を走って名古屋くらいまでが約1,000キロでした。ちなみに1,600キロだと、福島まで行きます。いずれにしても、ものすごく広大な場所であることに変わりはありません。1.6キロと1キロだって、実感として差がわかるかと言われれば怪しいものです。読者に「1.6」の謎かけをしてまで、原文の数量を正確に伝える意味が、この場合はないと判断しました。もっとも、これはかなり例外的な処理です。あくまでケース・バイ・ケースで判断してください。小数点以下まで表示しなければならない場合だってあるのですから。

 ちなみに、この作品の作者ガース・ニクスはオーストラリア人です。オーストラリア、ニュージーランドでは、マイルではなくキロメートル表示のはずなのですが、彼がマイルを用いたのは、おそらく同じ英語圏であり、かつ一大市場であるアメリカ、イギリスを考えてのことでしょう。

 

換算しない場合

 同じガース・ニクスのファンタジー作品でも、『古王国記』シリーズの場合は、換算せずにそのままインチやマイルで翻訳しました。『王国の鍵』シリーズより、予想される読者層の年齢が高いからです。さらに、異世界の雰囲気を出すために単位に注釈などもつけていません。ファンタジーに注釈は無粋だというのが、担当編集者とわたしの一致した意見でもあります。

 同様に、中高校生以上が主な対象となる『二つの旅の終わりに』(エイダン・チェンバーズ作、徳間書店刊)でも換算はしませんでしたが、必要なところでは、カッコ書きでメートル法の数字を注として入れています。この作品は、第二次世界大戦中、および現代のオランダの様子が描かれているので、ある程度正確に長さや距離を表わし、現実感を出す必要がありますし、また読者にも理解しながら読み進めて欲しかったからです。

 ところで、自分はいつ頃からこういう外国の単位を見聞きしていたのでしょう? 考えてみましたが、はっきり憶えていません。でも、なんとなく、小学生のうちに翻訳物で鍛えられ、どれが長さの単位で、どれが重さの単位か、インチとフィートはどちらが長いか、くらいは知っていたような気がします。わざわざ外国人の書いた、外国を舞台の物語を読むわけですから、人名や町の名前とともに、長さや重さ、貨幣の単位が日本と違うところに面白さを感じてほしい気もします。そう考えると、児童書だからと言って換算してしまうのは、じつは功罪両面があると言えそうです。訳者としては、一生懸命1フィートを30センチに換算して訳している一方で、わが子の無知を咎めるのは矛盾していると言われてもしかたありません。うーん、このあたりの兼ね合いが難しい……。

 いずれにせよ、換算するかしないかは作品を壊さないことを第一に心がけて決めましょう。換算する場合は、数量的な意味だけでなく周辺の描写との関係を考え、むだに数字ばかりが目立つ訳は避けたいものです。

(M.H.)