翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 第28回 "healing" は「癒やし」か?

 この回でとりあげた作品は『スピリットベアにふれた島』(ベン・マイケルセン作、鈴木出版、2010年)です。日本語版の表紙は以前、載せたことがありますから、今回は、原書の表紙を。

Touching Spirit Bear

 なかなかインパクトのある装画です。この場面、すごいんですよ。校正の時は、編集者さんから、ちょっとカットしたほうがいいんじゃないか、という意見もあったくらい。なにがすごいかは、ぜひ、ご一読を。

 

 日本語版では、幅広い読者が手にとりやすい表紙になりました。

スピリットベアにふれた島 (鈴木出版の海外児童文学―この地球を生きる子どもたち)

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第28回 "healing" は「癒やし」か?

(2010年11月29日掲載記事 再録)

 

 先日、ある方とわたしの訳書のことを話していて、「翻訳、大変だったでしょう?」と尋ねられ、「いえいえ、そうでも……」と反射的に答えながら、そう言えば、原書に何度も出てくるキーワードとも言える言葉を、そのつど苦労して訳し変えていたなあ、と思い出しました。今回は、そのことについて書いてみます。

 

言葉の多義性

 翻訳作業でもっともやっかいに感じる事柄は、言葉の多義性かもしれません。とくに、体系が異なる言語間の翻訳においては、一語一語の守備範囲がずれていることが多いので、原文の言葉が文脈上もつ意味を、その語が元来もっている多義の中から選択し、それに近い訳語を捜してくるという作業を不断にくりかえすことが翻訳作業そのものとなります。つまり、わたしがしているような英語から日本語への翻訳は、まさにそういう作業の連続です。ですから、今さら、と思われるかもしれませんが、先頃刊行されたわたしの訳書、『スピリットベアにふれた島』(ベン・マイケルセン作、鈴木出版)では、全編を通じて何度も用いられているキーワードとも言える語を、場面に応じて訳し分けなければならず、苦労しました。

 本来なら、そうしたキーワードは訳文でも一つの語に統一すべきです。そうでないと、原文のもつ一貫性や力強さを日本語に移せていないことになってしまいますから。しかし、今回の訳書では、いろいろ試行錯誤したのですがいい訳語が見つかりませんでした。原書でくりかえし使われている語とは、healあるいはhealingです。改めて辞書を引いてみると、こんなふうに出ています。

 

 heal


《リーダーズ英和》
vt. <傷・痛み・故障などを>いやす; 和解[仲直り]させる; 浄化する, 清める. vi. <傷病・人が>直る, いえる, 回復する, 癒合する; 傷病を直す.


《アメリカンヘリテージ》
vt. 1. To restore to health or soundness; cure. 2. To set right; repair 3. To restore (a person) to spiritual wholeness. vi. To become whole and sound; return to health.

 

  つまり、「あるべき状態、正しい状態、健康な状態、望ましい状態に復する」という意味であることがわかります。しかし、その対象がなにかによってふさわしい日本語が変わります。対象が肉体や健康ならば「癒やす、治す、回復する」、心や精神ならば「癒やす、救う、正す、清める、更生させる」、悩みや問題ならば「解決する、解消する」、不和や諍いなら「和解させる、仲直りさせる」でしょうか。

 英語のhealはこれらすべてを含みつつ、文脈によって揺れながら、他動詞・自動詞の別や、発言者や視点によってもニュアンスを変えていきます。どういう状態から復するかによっても訳語は変わるでしょう。英語を母語とする読者は、healという語を、その揺れや多義をすべて内包したものとして認識するのでしょうが、日本の読者はそういうわけにはいきません。いや、そもそもhealと守備範囲がぴたりと重なる語がないのですから、読者は訳者が選んだ語を読むしかありません。ですからわれわれは、たまたま辞書の先頭に載っている訳語を機械的に使うなどということをしてはならないのです。この誘惑はとても強くて、ついやってしまいそうになるのですが……。

 

一義をすくいとる

『スピリットベアにふれた島』は、傷害事件を起こした15歳の少年が、ネイティヴ・アメリカンの伝統をとりいれたサークル・ジャスティスという、一般の人も参加できる合議制度の評決に従って無人島で暮らすこととなり、その経験を通じて再生していく物語です。そうです、healは「再生する」と訳せば、作品のテーマそのものを表現できます。翻訳にとりかかった時には、なんとか一語で表わせないものかといろいろやってみました。ところが、文脈による語義や語感の振幅が大きく、断念せざるを得ませんでした。そうなると、今度は、いかにそのつどふさわしい語をあてるか、という次善の作業に重点は移ります。

 以下に、その例をいくつか挙げてみました。文脈が充分に再現できませんので、やりすぎではないかと思われるかもしれませんが、わたしなりに考えた訳語です。例えば、こんな具合です。

 

 It’s a healing form of justice practiced by native cultures for thousands of years. (原書p.10)

 何千年も前から、この大陸で暮らしてきた人々のあいだで行なわれてきた、魂の救済のための裁判制度のようなものだ。(訳書p.17)

  冒頭のItはCircle Justiceを指しています。ここでは、自身ネイティヴ・アメリカンである保護観察官が、主人公に制度の説明をする箇所です。ですから、先住民文化の精神性をにじませるために「魂の」をつけました。

  

 In Circle Justice, you sign a healing contract. (p.10)

 サークル・ジャスティスでは和解の取り決めをする。(p.18)

  サークル・ジャスティスはミネソタ州で実際に司法制度にとりいれられているのですが、ここでは同じ保護観察官が具体的な手続きを説明している場面なので、裁判制度との関係を考えて「和解」としました。

 

 That’s what I had to discover before I could heal, wasn’t it? (p.196)

 それが見つからないかぎり、おれはまともな人間にはなれないんだ。だろ?(p.284)

  今度は主人公のせりふです。healが、肉体的には傷を負っていない加害者の更生を指し、しゃべっているのが15歳の少年で、使える語彙が限られることを考慮しました。

 

 Until Peter forgives you, he won’t heal. (p.33)

 おまえを赦して初めて、ピーターの心の傷が癒えるんだ。(p.51)

  保護観察官のせりふです。youは主人公、Peterは主人公が重傷を負わせた被害者の少年です。恐怖心がなかなか消えない被害者の精神的トラウマの治癒について言っています。

 

 以下、訳語選択のための着眼点を【   】内に記し、原文と訳文を何組かならべてみました。実際には、healはもっとたくさん出てくるので、さらに別の訳語をあてた場合もあります。

 

【保護観察官のせりふ、punishとの対比、加害者】

 Circle Justice tries to heal, not punish. (p.11)

 サークル・ジャスティスは加害者を立ちなおらせるためのもので、罰するためのものじゃない。(p.19)

 

【保護観察官のせりふ、加害者の更生や社会復帰】

 Everybody is a part of the healing, including people from the community. (p.12)

 地域の人たちをふくむ、すべての人がこの救済の手つづきに参加する。 (p.20)

 

【主人公の視点、心の治癒】

 ── a good place for a soul to think and heal. (p.14)

 ……人一人が思いをめぐらせ、立ちなおるにはうってつけの場所らしい。(p.22)

 

【主人公の内心、心境の変化】

 What could he carve to show the healing that had taken place and the understanding he felt? (p.188)

 なにを彫れば、この島で経験した改心や、腹の底でわかったことを表現できるだろう?(p.283)

 

【主人公のせりふ、被害者の精神的な傷の治癒】

 And maybe he’ll see that he can heal, too. (p.207)

それに、たぶんあいつも、自分だってまた元気になれると思えるはずだ。(p.299)

 

〈出典〉
原書:“Touching Spirit Bear” by Ben Mikaelsen, First Harper Trophy edition, 2002, HarperCollins Publishing Inc. (CopyrightⒸ2001 by Ben Mikaelsen)
訳書:『スピリットベアにふれた島』原田勝訳、鈴木出版、2010刊
(なお抜粋した原文中のイタリック体、訳文中の下線はこの稿のために加えたものです。)

 

言葉の裏にあるものを

 今回のhealの処理は次善の策であり、すべての文脈にあてはまる訳語が見つかれば、それにこしたことはないのでしょう。しかし、上の引用例を見ていただければおわかりのように、この作品の場合、たぶん、そのような日本語はないと思います。別の視点で見れば、英語のhealは、いろいろな対象に対して、さまざまな局面で使える、汎用性の高い語だということがわかります。これは必ずしも英語だから、ということではなく、healが基本語彙だからなのでしょう。

 そしてまた、このような言葉の多義性や訳語の選択にまつわる話は、よく言われる翻訳の本質を端的に表わしています。すなわち、翻訳は言葉から言葉へのおきかえではなく、原文が表現している世界を日本語で再現する作業だということです。今回それがちゃんとできているかと問われれば、そうは言い切れませんし、また、おそらく完璧などということはありえないのでしょう。でも、少しでも訳文の質を上げるべく頭をひねることこそが、翻訳の楽しみであり、やりがいでもあるのです。

(M.H.)