翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

印税や契約のこと

 先日、このブログの読者の方から問い合わせがあり、出版社との印税や契約のやりとりについて、わたしの経験の範囲内で答えました。「出版翻訳は初めてだが、ふつう、支払い条件や契約書はどうなっているのか?」といった趣旨でした。

 

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 また、4月の洋書の森のセミナーの際には、出席してくださった複数の翻訳者の方が、仕事が決まって訳しはじめる時に、印税率や支払い条件を知らされていないことが多い、とおっしゃっていました。

 

「確認すればいいのでは?」と言うと、「とてもそんな勇気はない」と皆さんおっしゃいます。その気持ちはわからないでもありません。やっともらった出版翻訳の仕事ですから、お金のことでもめたくない、という気持ちはあるでしょう。わたしだって、最初のころは、よく事情がわからず、また、未熟な翻訳者をサポートしてくれる編集者に、契約とか、支払い条件とか、そういうことを尋ねる気にはなりませんでした。

 でも、皆さん、学生じゃありませんし、企業で働いた経験もある方もいらっしゃるのですから、ビジネスというか、契約というか、どんな仕事でもそういう側面があることはよくわかっているはずです。わたしは、サラリーマン時代に、コストと納期、契約の遵守についてはいやでも考えるように教育されましたから、印税率や支払い条件、刷り部数と定価の予想、期限を知らずに仕事を始めるのは気持ち悪くてしかたありません。気持ち悪い、というか、本来、それを知らずにやるのは仕事じゃないだろう、と思います。ボランティアじゃないんですから。

 

 出版翻訳という仕事には、(1)文芸作品を日本語で表現するという「表現活動」としての側面、(2)自分の名前が世に出るという、大げさに言えば「自己実現欲求の満足」という側面、そして、(3)ものを納めて対価をもらうという「ビジネス」の側面があります。どれも切り離せない側面のはずですが、前の二つの機会を得たことで、精神的な対価を支払われたような気がして、ビジネスとしての側面をおろそかにし、数字で確認することを怠ってしまいがちです。

 印税額の多寡は問題ではないのです。いや、問題ですが(笑)、はっきりと出版社とのあいだに条件が定められていて、それについて納得して仕事を引き受けているかどうかが大切なのです。そもそも、印税額に応じて、丁寧にやったり、手を抜いたりする人はいないでしょう。条件に納得しているかどうかが大切です。どうしても納得できなければ、交渉するか、やめればいいのです。仕事というのはそういうものだと思います。

 

    と、まあ、偉そうなことを言ってますが、わたしも含めて、翻訳者はみんな気が小さいのです。このブログを読んでいる編集者の方がいらっしゃったら、どんな仕事でも、必ず、印税率、支払い条件、予定刷り部数、予定価格などの諸条件を訳者に伝え、合意の上で、依頼してほしいと思います。出版社側は、「いつもと同じ」と思っていても、翻訳者のほうは初めてだったり、二度目でも、この前と条件が変わるんじゃないか、と不安になったり、10冊、20冊訳書を出している人でも、初めての出版社であれば、きちんと確認しておきたいものなのです。どうか、よろしくお願いします。

 

    そして翻訳者のみなさんも、条件を確認してから仕事を始めようではありませんか。それだけで食べているかどうかは別にして、その作品の翻訳においては、プロとして仕事を請け負っているのは間違いないのですから。(M.H.)