翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム「再」再録「原田勝の部屋」 第42回 文法の力

★文法は、意味を正確に把握するための助け船みたいなもの。大学受験の参考書にはイディオムや構文の説明も載っているし、ホントに為になります。見たくない、という気持ちはわかるけど、ぜひ!(2017年09月01日「再」再録)★

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  文法書では、これをよく参照しています。

ロイヤル英文法―徹底例解

ロイヤル英文法―徹底例解

 

  今も現役、江川の英文法解説。 

英文法解説

英文法解説

 

  最近では、インターネットのQ&Aサイトもよく見ます。玉石混交ですが、なるほど、と思う解説や、ネイティヴの使用感覚などがわかることも。

  概ね、最近の受験参考書はよくできているのですが、今週から始まった塾の夏期講習中、生徒がもってきた問題集の中の、no ... but 〜「〜しない…はない」の例文、調べてみたらスティーヴンソンの短編の一節で、もうちょっと新しい例文はないものか、と思いました。そうそう、最近は、文章を丸ごとググルと、出典がわかることがあり、それはそれでおもしろい。

 では、どうぞ。

 

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第42回 文法の力

(2012年7月23日掲載、2015年07月27日再録)

 

 高校生のころは、英文法の授業がきらいでした。読解の授業はまだましでしたが、文法力がない上に暗記は嫌いときているので、英語の成績は5段階の4がせいぜいだったと記憶しています。

 

文法は独習に不可欠

 そんなわたしが言っても、あまり説得力はありませんが、文法は大事です! 塾で高校生を教えているとわかりますが、ほんとうに英語ができる生徒は文法をよく理解しています。文法テストができないくせに妙に読解力がある生徒もいますが、そういう生徒は、あるレベル以上のテキストになると太刀打ちできず、なにより独習力に限界があって、効率的に力を伸ばせないものです。

 そう、文法知識がないと独習が難しいのです。単語の意味は辞書を引けばわかりますが、単語同士のつながりや構文・語順が生みだす意味は、いくら辞書を引いてもわからないことがあります。いや、じつは、ほとんどのことは辞書に書いてあるのですが、あらかじめ文法的な約束事が頭に入っていないと、なにをどう調べていいのかわかりません。辞書があっても英文の意味がとれない、すなわち、独習ができないのです。そして、翻訳学習においても独習力は大切です。

 翻訳の勉強をしている人たちの中には、課題文を翻訳してコンテストに応募したり、気に入った本の試訳をしてレジュメとともに出版社にもちこんだりしている「独習者」が多いのではないでしょうか? 翻訳学校に通っている人も、授業の予習として試訳をしていかなければならず、その時はだれも助けてくれない「独習」状態です。しかも、「翻訳学校に来る人は文法がわかっている」という暗黙の前提があるので、授業では文法の解説をしてくれません。授業で扱ったテキストにおける文法事項に触れてくれたとしても、そこから敷衍して、系統的に文法事項を整理するような講義はしてもらえないでしょう。

 では、ほんとうに翻訳学習者が文法を理解した上で課題に取り組んでいるかというと、じつはそんなことはなくて、何年も前に受験勉強で憶えた不完全な文法知識しかもちあわせていない人もいるのではないでしょうか。少なくとも、翻訳学校に通っていたころのわたしはそうでした。さらに、このコラムをお読みの皆さんも、単語やフレーズの暗記はやっていても、文法知識のおさらいや習得には時間をかけていないのではないでしょうか。思いだしてみてください。最後に文法の勉強をしたのはいつでしょう? その時、文法は得意でしたか? 失礼ながら、それから何年経っているのでしょう?

 

日本で外国語を学ぶということ

 テレビや映画、インターネットやコンピュータ、デジタル録音機器などが発達している今、外国語の学習法にはさまざまな選択肢があり、とくに英語に関しては、日本にいながらにしてネイティヴが書いた文や話している言葉にいくらでも触れられます。ですから、文法は基本だけで済ませ、あとはシャワーを浴びるように英語漬けになって体に染みこませればいい、という考えもあります。

 スピーキングやリスニングの能力を向上させるにはそうした学習が必要でしょう。しかし、それである程度話し言葉は操れるようになっても、書き言葉、とりわけ文学のテキストを正確に読みとり、味わうようになれるでしょうか。文学作品だって浴びるように読めばいい、とも言えますが、そのためには正確な読解力が必要です。ところが、限られた学習期間で外国語の文章を正確に読みとれるようになるには、やはり文法知識が必要なのです。

 とくに留学や海外勤務の経験がない者にとっては、原文での読書体験に限りがあるため、きちんとした文法力を身につけることが、比較的少ない読書量で正確な読解力を身につける一番の方法です。そして、わたしがそうであるように、いわゆる受験英語をベースに翻訳をやろうとする人は、好き嫌いは別にして、文法的アプローチになじみがあるはずですから、良い参考書と計画性、そして少しの頑張りで、文法力を必要なレベルまで伸ばすことが可能だと思います。

 幸い、わたしの場合は学習塾の講師をしているおかげで、毎週必ず文法知識の確認を強制的にしているようなものです。最初は中学生を担当し、今は、どうにか高校三年生にも教えていますが、教えはじめた頃は知識も乏しく、生徒たちに悪いことをしたと思います。受験勉強から十年以上経っていましたから、当然、その間に英文法の知識は相当あいまいなものになっていました。いや、もともとたいした知識は入っていなかった、と言ったほうがいいかもしれません。

 そして今でも、毎年のように、へえ、そうだったんだ、という発見がありますし、何度やっても忘れてしまい、毎年、憶えなおす規則もあります。なにより、人に説明しようとすると、知識を整理しなければならず、それが非常に役にたっています。塾で教えていなかったら、と考えると、ぞっとするほどです。あのまま会社員として働きながら翻訳の勉強を続けていたら、ずいぶんたくさんの文法事項を知らずに今日まで来てしまったでしょう。

 

受験参考書はよくできている

 わたしが大学を受験したのは1976年ですが、当時、学習塾はほとんどなく、受験勉強といえば、通信講座をとるか、自分でやるしかありませんでした。大手予備校には現役生のクラスなどなく、受験参考書もあまりバリエーションがなかったと思います。単語集もいわゆる『赤尾の豆単』(正式名称は『英語基本単語熟語集』(旺文社刊)、今も改訂版が出版されている)のほかには、『試験に出る英単語』(『しけ単』というか『出る単』というかは、地域によって異なるらしい。青春出版社刊)しかありませんでした。肝心の文法書としては、改訂を経て今もベストセラーの『英文法解説』(江川泰一郎著、金子書房)が定番でした。受験生には難しい記述もありますが、高校の先生に勧められて使っていたのを憶えています。

 あれからすでに35年以上の歳月が流れ、文法問題集・解説書は大手予備校によるものを始め、受験参考書や英語教育専門の出版社が出しているものには、役にたつものがたくさんあります。今さら受験用の問題集など、と思うかもしれませんが、出題者側と執筆者側の切磋琢磨の結果でしょうか、入試に出るポイントがわかりやすく整理されています。おおよそ、例題と解説、当該文法事項のまとめ、さらに同じ使い方をする語の一覧表、練習問題、だいたい、こういう構成になっている参考書が多いですね。入試に出題されることで文法知識がクローズアップされ、似ているけれども異なる用法、日本人がまちがいやすい用法などがよくわかります。

 そんなことは重箱の隅だ、ネイティヴだって知らない、等々、なにかと批判されることの多い受験英語ですが、個人的な経験から言えば、こうした参考書で問題になっている文法事項はとても役にたちます。なぜなら、ネイティヴが豊富な言語体験を通じて自然に身につけているのに、われわれには感覚的に理解できない文法事項が、入試問題になることで顕在化され、ルールとして説明されるからです。さらに、ここ二十年ほどの入試問題には、純粋な文法事項に加えて、動詞や形容詞・副詞などの語法、イディオムや日常会話での表現などがかなりとりいれられていますから、参考書もそれに対応しており、総合的な語学力アップにもつながります。

  

翻訳者の文法力

 翻訳学校には入学試験がありませんし、実際に翻訳の仕事をするにあたっても、資格試験があるわけではありません。大学で英文学を専攻した人もいれば、わたしのように、語学とは関係ない仕事から翻訳者になった人間もいます。じつは出版社も読者も、翻訳者の語学力、文法力を知らずに、訳文を読まされているのです。そう考えると恐ろしい話で、人命にかかわらないから許されているようなものです。

 大学でみっちり語学の勉強をした人はいいのですが、そうでない翻訳学習者の皆さんは、ぜひ、一度、文法力アップについて考えてみてはいかがでしょうか? そして、それには、書店の受験参考書コーナーはおおいに役にたつと思います。平積みになった、ある程度ボリュームのある難関校受験用ならば、今どき、そんなにおかしな参考書はありません。

 そして、文法も入試のためでなければ、おもしろいと思えるかもしれませんよ。だれか一人の人が作ったわけでもないのに、体系としてまとまっているのはとても不思議ですし、なにより、身につければ誤訳を防ぐ力強いパートナーになってくれるのですから。

(M.H.)