翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

読書会『あらしの前』『あらしのあと』

 14日に、二ヶ月に一回ひらいている古典児童書を読む読書会がありました。今回の課題本はこれ。

あらしの前 (岩波少年文庫)

あらしの前 (岩波少年文庫)

  • 作者: ドラ・ドヨング,ヤン・ホーウィ,Dola de Jong,吉野源三郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2008/03/14
  • メディア: 単行本
  • 購入: 12人 クリック: 277回
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あらしのあと (岩波少年文庫)

あらしのあと (岩波少年文庫)

  • 作者: ドラ・ドヨング,寺島竜一,Dola de Jong,吉野源三郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2008/06/17
  • メディア: 単行本
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  なぜこんないい作品を今まで読んでいなかったのかと悔しく思うほどの傑作でした。時には出席者間で評価が食い違うこの読書会ですが、今回はみなさん絶賛でした。

 

 ドラ・ドヨングというオランダ生まれの女性作家がアメリカで英語で発表した作品です。原題は "The Level Land" と "Return to the Level Land"。第二次大戦をはさんで、オランダの田園地帯に住む一家の、戦前と戦後を描いた作品です。なんとそれぞれ、1943年と1947年という戦中、戦後すぐに書かれています。そして、今なお、色あせない魅力にあふれた作品です。

 いくつも良いところがあるのですが、やはり、主要な登場人物であるオールト一家がよく描けていること。両親と息子が3人、娘が3人、女中さん、おいてあげていたユダヤ人の少年、「あと」では孫息子も出てきます。それぞれ個性的な子どもたちのいる幸福を絵に描いたような一家が、ドイツの侵攻で戦争に巻き込まれてしまいます。

 戦争が始まろうとしている時期の描き方にはうなりました。アムステルダムにいて情報が入ってくる長女のミープはもう、今にもドイツ軍が攻め入ってくるから準備をしたほうがいいというのに、お父さんは、オランダはもう何十年も戦争していないんだ、そんな好戦的な雰囲気をあおるようなことは言うな、と言います。このあたりを読んでいると、今の日本の状況が重なってきます。そんなことがあるはずないじゃないか、と言っていたら、突然、よその国と交戦状態に入る確率は、安保法案が通ったことで確実に上がったと思うのです。背筋がぞくりとしました。

 「あと」の方では、すでに戦争が終わったあとを描きます。五つ年をとった子どもたちは、戦争の影をそれぞれに負っています。息子の一人は死んでいます。「前」ではかなり重要な役割を担っていた次男のヤンです。幼かったピムは、戦時中に対独活動にも関わり、ぐっと大人びています。彼らの記憶を通して、祖国が戦場になった人々の苦境があぶりだされるのです。しかし、母親は、ある時、なにもかも戦争のせいにしようとする子どもたちを叱ります。もう戦争は終わったのだ。今していることは自分たちの責任で選んでしているのだ、と。これも胸に残る言葉でした。

 戦前、きわどいところでアメリカに逃がしてあげたユダヤ人の少年ヴェルナーは、アメリカ兵となって一家のもとに帰ってきます。ユダヤ人迫害のことはこの物語の焦点ではありませんが、きちんとストーリーにからめ、しかもアメリカという世界の警察となっていく国のこともコメントされています。

 登場人物が多いのに、一人一人が記憶にくっきりと残り、戦争文学であると同時に、家族の物語、子どもたちの成長を描いた「文学」としてすばらしいと思いました。未読の人はぜひ読んでみてください。

 ただ、今の日本の子どもたちがすんなり読んでくれるかどうかはむずかしい問題ですね。最低限の当時のヨーロッパの情勢は知らないと、物語に入りづらいかも。最初が少し敷居が高いかもしれません。でも、必ず、この物語に夢中になる子どもがいると思います。

 

 翻訳は、『君たちはどう生きるか』でも知られている岩波書店の編集者だった吉野源三郎さん。少し古めかしい表現はありますが、なめらかで温かみがある訳文です。

(M.H.)