翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 第61回 翻訳は楽しい ── 最終回に寄せて

 コラム「原田勝の部屋」の再録はこれでおしまいです。ただ、コラムそのものは、回によっては二度、三度と読んでいただいて役に立つものもあると思いますので、カテゴリーから遡って再読していただければ幸いです。

 そもそもこのブログは、この再録のために始めたわけですが、ほぼ三日に一度再録記事をアップし、あいだを折々の思いや出来事で埋めながら、半年以上が経ちました。骨格になっていたコラム再録がなくなるので、毎日の更新はむずかしくなるかもしれません。

 でも、自分から発信する場ができたことで、翻訳に関することだけでなく、身の周りのことや社会のことも、主体的に考える機会が増えました。これからも、あれこれ書いていこうと思います。よろしくお願いします。

 また、もともとのコラムの執筆を勧めてくださった藤岡啓介先生、掲載してくださった(株)サン・フレアさん、毎回の編集をしてくださった友人で翻訳者の斎藤静代さん、そして読者のみなさんに改めて感謝いたします。

 

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( わたしの訳した本の原書たち。10月11日(日)〜18日(金)、柏のハックルベリーブックスで、訳書と原書の比較展示が予定されています。よろしかったら、どうぞ。

(→ 秋の「本まっちArt展」おたのしみに! )

 

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第61回 翻訳は楽しい ── 最終回に寄せて

(2015年1月26日掲載記事 再録)

 

 2007年の夏に始まったこのコラムですが、残念ながら今回で最終回となります。気がつけば、7年以上も続いていたんですね。これまで読んでくださった読者のみなさん、長いあいだありがとうございました。

 出版翻訳に興味のある方や、勉強中のみなさんのお役に立てば、と思って始めたコラムでしたが、じつは書いているわたしのほうが得るところの多い7年間でした。自分のしている作業を客観的に分析し、周辺の環境や人々のことを考えながら文章にしていくことで、頭の中が整理され、原文にむかう時、編集者とやりとりする時、人前で話をする時など、さまざまな局面で迷いが減ったように思います。

 翻訳は一人でする仕事なので、余計に、こういう頭の中の整理が必要なのではないかと、改めて思いました。「一人で」というのは、物理的に一人ぼっちで、という意味だけでなく、会社組織ならそれぞれ専門の部署の担当者が行なう仕事を、自分一人でこなさなければならない、という意味で言っています。

 原書の渉猟(調査部)、企画のもちこみ(営業部)、パソコンや辞書の購入(設備課)、翻訳(本社工場)、下訳の依頼(協力工場)、原稿の校正(品質管理部)、印税振込確認(会計課)、勉強会出席(研究開発部)、各種原稿執筆・講演(広報部)……と、まあ、例えて言えばこんなところでしょうか。もちろん、もっとも時間とエネルギーをかけてするのは翻訳作業そのものですし、そここそが技倆を発揮して勝負する場であり、やりがいのあるところです。では、その他の活動は、仕方なくやるつまらない作業なのでしょうか? いえいえ、そんなことはありません。こうした前後や周辺の活動にも、翻訳者であることの楽しみがたくさんあるのです。というより、すべてを含んで「翻訳」という仕事と言ったほうがいいでしょう。

 

うれしい瞬間

 というわけで、翻訳とその周辺で感じるうれしい瞬間を、できるだけ挙げておきたいと思います。みなさんの励みになれば幸いです。

 うれしい瞬間、それは、海外の書評誌をめくっていて、これは絶対におもしろいぞ、と思う原書の紹介記事を見つけた時。その原書がアマゾンから届き、あの茶色い段ボールの包装を破る時。その本を読みながら、「よーし、いけるぞ!」と感じた時。エージェントに問い合わせたら、翻訳権が空いているとわかった時。レジュメを書きながら、「やっぱりいい作品だ」と思う時。もちこみ先の出版社でプレゼンしたら、担当の編集者さんがにっこり笑った時。「企画が通りました。翻訳をお願いします」というメールが来た時。

 朝から苦労していた出だしの一行に、うまい手を思いついた時。翻訳中の原書が、権威ある賞をとった、というニュースを見つけた時。わからない固有名詞をネットで調べていて、写真つきのサイトが見つかった時。昨日訳した部分を見直していたら、ミスが見つかり、このまま本にならずによかった、と胸をなでおろす時。原作者に出した質問メールの答えが、ねぎらいの言葉つきで返ってきた時。疲れてふと窓から空を見たら、夕焼けがきれいだった時。一日の予定ページ数を訳し終えてビールを飲む時。新しく買った辞書がうまくインストールできた時。一面識もないイディッシュ語の研究者に問い合わせの手紙を出したら、返事を下さった時。最後の一ページを訳し終えた時。見直しを終え、訳稿を編集者にメール添付で送る際の「シュッ」というパソコンの音を聞く時。

 とどいたゲラをざっと見てみたら、編集者の書きこみが少ないとわかった時。ぐっとくるタイトルを思いついた時。表紙カバー絵の見本が送られてきて、「そう来たかぁ!」と思う時。初校、再校、三校と進み、訳文が磨かれていくのが実感できる時。ゲラを読んでいて、クライマックスの場面で、うるっと来た時。訳者あとがきで原書への思いを文字にする時。編集者から、「校了です」というメールが来た時。訳書を贈呈する人たちの顔を思い浮かべながら、何部購入するか決める時。見本がとどいた時。それを見た家内が、「いい表紙ね!」と言った時。

 訳書が書店にならんでいるのを見た時。アマゾンの売れ行きがいい時。新聞に書評が載った時。本を贈った友人の感想を聞く時。書評サイトでほめられた時。増刷の連絡が来た時。電車の中で訳書を読んでいる小学生に遭遇した時。頼まれて訳書にサインを入れる時。作家や作品についての原稿や講演を依頼された時。編集者さんと慰労会をする時。原作者が来日し、直接言葉を交わせた時。ほかの国で出た翻訳版の表紙を見くらべる時。同じ作者の最新刊を調べていたら、そのとなりに、自分好みの表紙を見つけた時。注文したその本がアマゾンからとどき、あの茶色い段ボールの包装を……

 

時はめぐり

 と、まあ、こんな具合に、うれしい瞬間を日々感じながら、マイペースで翻訳の仕事をしているうちに、20年以上経ってしまいました。最近では、若い編集者さんから、「中学生のころに原田さんの訳した本を読みました」と言われたり、大学生から、「この本が出版された時には、わたしはまだ生まれていませんでした」と言われたりして、びっくりします。この20年、同じことのくりかえしのようにも見えますが、訳書が出るたびに新しい発見がありますし、なにより、本をとりまく人たちとの交流が深まりました。読者、編集者、図書館員、書店員、学校の先生、読書会や勉強会のメンバー……翻訳を通じて出会った人がたくさんいます。ほんとうに楽しい仕事ですし、なりゆきと偶然からこの道に入った自分は、なんて運がいいんだろう、とも思います。幸い、この仕事には定年がありません。これからが勝負。まだまだ楽しい思いをしたいと思っています。そして、一人でも多くの読者のみなさんが、翻訳の楽しさを感じてくださることを願っています。

 長いあいだ、ご愛読ありがとうございました。また、どこかでお会いしましょう。

    原田 勝(2015年1月記)