翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

惑星ソラリス

 先日、塾の同僚のS先生が、長年主催していらっしゃるという『千のプラトー』(ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ共著)の輪読会の資料を見せてくれました。

千のプラトー―資本主義と分裂症

千のプラトー―資本主義と分裂症

  • 作者: ジルドゥルーズ,フェリックスガタリ,Gilles Deleuze,F´elix Guattari,宇野邦一,田中敏彦,小沢秋広
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1994/09
  • メディア: 単行本
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  ものすごく難しそうな本で、とても手に取ろうとは思わない本ですが、だからこそ、何年もかけて読み解く価値のある本のようです。

 で、その資料は、関連の話として、ポーランドの作家スタニスワフ・レムの『ソラリス』のことに触れていました。『ソラリス』はタルコフスキーの映画で見た覚えがあり、学生のころ、下宿の天井にポスターを貼っていたような記憶があります。中身はまったく憶えていませんが。

  S先生の資料の中に、数十年ぶりに目にする飯田規和先生のお名前がありました。飯田先生は『ソラリスの陽のもとに』というタイトルで、ロシヤ語からの重訳ですが、1965年に日本にこの作品を初めて紹介されていたのです。そのことをわたしは今まで知りませんでした。

 飯田先生は、わたしが東京外国語大学ロシヤ科のダメ学生だったころ、ロシヤ語を教えてくださいました。すごくまじめそうな方で、とてもきちんとした授業だったように思います。調べてみると、飯田先生はロシヤ語の翻訳家として、数多くの本を日本に紹介していて、ソラリスのほかにもSF作品を訳していますし、児童書も翻訳なさっていたことを知りました。

 外語大の1、2年生は、今もそうだと思いますが、各国語の基礎の授業が毎日あります。そして、飯田先生をはじめ、志水速夫先生、新田実先生、磯谷孝先生、中澤英彦先生、タマーラ原先生といった、今考えると錚々たる先生方が授業をしてくださっていました。結局、語学そのものにあまり才能もなく、強く興味を惹かれることのなかったわたしは、ロシヤ語の習得はままならず、やがては、とにかく早く卒業して、就職したいと思うようになっていきます。

 何が言いたいかというと、どの先生も授業をきちんとする先生ばかりで、ご自分の研究や訳業の話はまったくしなかった、ということ。ですから、飯田先生が『ソラリス』の訳者だとは今の今まで知らなかったわけです。(いや、もちろん、まじめな学生は飯田先生と授業外でも交流していて、知らなかったのはわたしだけなのかもしれませんが……。) 今更ですが、なんともったいないことをしたのか、と思います。

 志水速夫先生も、卒論の指導をしてくださいましたが、いいかげんな資料の引き写しですませたわたしを卒業させてくれたのは、先生の心の広さでしょう。昨年でしたか、今はなき池袋リブロの特集の棚をながめていたら、志水先生の名前がありました。やはり映画になった(こちらは本人を描いたものですが)ハンナ・アーレントの著作の訳者としてです。志水先生、ドイツ語も堪能だったんですね。

 3年生になると、唯一、入学前から翻訳家として名前を知っていた原卓也先生の授業があり、もちろん受講しましたが、なにせ実力が伴わず、先生のちょっと高い声と、独特の風貌しか記憶にありません。うーん、やはりもったいないことをしました。

 

 というわけで、40年前にもどれるのなら、と思うのですが、今、英語ではありますが、翻訳の仕事をしているのは、どこかで先生方と接したことが生きているのかもしれません。

 ちなみに、ソラリスを2004年にポーランド語から直接訳された沼野充義さんの奥様は、外大でわたしと同級生だった沼野恭子さんです。もっとも、教室よりもテニスコートや部室にいる時間が長かったわたしのことは憶えてくれていないと思いますが。

 

 うーん、こんなに素晴らしい人たちと交流する機会があったのに、あの頃のわたしはなにをしていたんでしょうか?

ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)

ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)

 

 (M.H.)