翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

発売前に星五つ?

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 少し前のことになりますが、発売前の原書のゲラを読ませてもらっている時のことでした。原作者のことや同じ作家のほかの作品のことを知りたくてネット検索してみると、アマゾンや書評サイトに今まさに読んでいる、まだゲラでしかないはずの作品の読者評がいくつも載っているではありませんか。もしかして、出版日を見まちがえたかと思って確かめると、やはりまだ書店には並んでいないはずの作品です。

  調べてみると、欧米の出版社では発売前に一般読者に限定部数を提供して、Amazonやその他の書評サイトに書評を投稿してもらう、ということをやっているようです。advanced reading copy とか、advanced reader's edition とか、いくつか呼び方があらしいのですが、面白い制度です。たいていは登録制で、期限を切って指定の書評サイトのどれかに書評を投稿することが条件になっているようです。

 また、アマゾンでは、Vine Projectと称して、それまで頻繁に評価を書き込んでくれているユーザーに先行・無料で商品を提供してレビューを書いてもらっています。アメリカのアマゾンでは書籍に関しても行われていますが、日本ではどうなんでしょうか。本そのものが発売予定日よりそれほど早くはできていないと思うので、あまりやっていないのではないかと思います。(上の映像はアメリカのアマゾンのVineメンバーの書評。8月に書きこまれていますが、この本が正式に出版されたのは10月です。)Goodreadsという書評サイトでは、発売後もやってますが、期限を区切って希望者を募集し、当選者に無料で提供して書評を書いてもらうシステムがあります。人気作家だと申し込み者が多く、当選倍率が何千倍にもなっています。そのほか、出版社や作家自身もこうしたことをやっている場合があるようです。

 

 ふつうは有名な作家や書評家に読んでもらって、その人の推薦文を帯に載せたり、時にはあとがきに収録したりするわけですが(今、又吉さんの影響力はすごいですよね。翻訳ものでは『紙の動物園』とか……)、一般の読者にそれを依頼しているところに、やらせではない感を出して、ある意味、有名人の評より信頼性が高い書評を得るというねらいがあるのでしょう。

 また、一般読者の正直な感想にももとづいて、もしかしたら発行部数の加減もしているのかもしれません。以前、ある方からうかがった話ですが、ドイツでは日本と同じように書籍の価格を出版社が定め、その替わり返本を認める、いわゆる再販制度が行なわれていて、出版社はあらかじめ書店に見本を読んでもらって感想を聞いたり、事前注文をとったりして、売れ行きを予測して刷り部数を決め、返本率を下げる工夫をしているそうです。それと同じような役割もあるのかもしれません。

 しかし、おそらくこの制度で一般読者に見本を提供する作品は、出版社としても自信がある作品のはずで、そうでなければ書店にならぶ前から酷評される事態を招きかねません。アマゾンなどでの読者のレーティングへの参加は、特にアメリカの読者は非常に積極的で、いくら人口が日本の三倍とはいえ、感想を書き込んでいる人の数がとても多いことに驚きます。ヤングアダルトの読者の書評サイトへの書き込みも多くて、アメリカのティーンは本をよく読んでいるのか、それとも発信力が高いのかなあ、と思います。日本ではほめたい人が書き込んでいるケースが多いように感じますが、アメリカの読者は必ずしもそうではないように思います。

 

 日本でも、読者献本を各出版社や読書メーターなどのサイトが実施していますが、こちらはふつう発売直後のようですね。発売前から行なっている例はあるんでしょうか? だいたい、発売日に合わせてスケジュールぎりぎりの校了だったりしますから見本もできてませんよね。でも、季節ものや映画公開などの理由がなければ、少し発売日を遅らせてでも、こうした読者モニターの実施をやってもいいのではないかと思います。

 いや、でも、それで自分の訳した本が、これは売れそうもないから発行部数しぼります、とか言われるのはいやだなあ……。

(M.H.)