翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

読書会『だれも知らない小さな国』

 月曜日の読書会の課題本は、この読書会では初めての日本の作品、『だれも知らない小さな国』(佐藤さとる作、村上勉絵)でした。

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  これは、たぶん小学生の時に最初に読み、その後何度か読み返していて、家には上の写真のように2冊もあるのに、細かいところは憶えていませんでした。で、やはり、おもしろい。文句のつけようのない傑作です。語りだしたらいつまででも語っていられる本です。参加者の皆さんもそうで、とくに個人的な思い出と結びついている、あるいは、そういう思い出を喚起させられる本であるようでした。

 ディテールの描写がたまりません。コロボックルたちの存在感といったら。視界の隅にちらっとうつる影(いや、年をとって目が悪くなっただけという冗談も出ましたが……)、早口でしゃべるところ、一人一人の個性の描き分けなど、秀逸です。小山もまだ日本のあちこちに残っている風景と重なります。椿の木の枝が椅子のように座れるところなど、わたしの子どものころにも、そういうわたし専用(だと勝手に思っていた)の松の木が近くにあり、そのことを思い出しました。平塚と大磯のあいだにある高麗山の森とも重なります。

 戦前、せいたかさんの子ども時代に始まる物語ですが、大半は、戦後、大人になったせいたかさんやおちび先生の話として進んでいくのもいい。とても信憑性があるように感じます。二人は子どもの目を失わない大人の代表なのでしょう。そこが、わたしのように大人になってもこの物語が魅力的に感じる大きな理由のひとつでもあります。

 コロボックル物語はこの作品のあとも続いていくのですが、わたしはあまり読む気がなくて、この一巻で十分です。その先は、たぶんいろいろな事件が起きて、コロボックルたちも活躍するのでしょうが、この物語で一番好きなところは、コロボックルたちの存在を信じて小山を買い取ると決め、彼らと出会うせいたかさんの気持ちなのですから。

 

 さて、これだけの名作なので、外国語に翻訳されているはずと思い、調べてみましたが、ひとつありました。講談社英語文庫の『A Little Country No One Knows』です。しかし絶版のようで、Amazonの古本では5000円以上しますねえ。しかも、この英語文庫は日本国内むけのものですから、海外にこの名作は知られていないんでしょうか。そうだとすると、とても残念です。日→英の翻訳はできないしなあ……。

(M.H.)