翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

夢を追って

 この時期、高校三年生の中には推薦で入学を決める生徒たちがいて、一人、二人と塾を辞めていきます。周りの生徒たちがこれから追い込みという時期に早々と合格を決めた彼らは、気をつかって、他の生徒たちが帰宅してから、皆一様にはにかんだ笑みを浮かべて「お世話になりました」と挨拶してくれます。

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  Aくんもそうでした。

 幼い頃に九州行きのフェリーに乗り、船長さんに操舵室に入れてもらったことがきっかけで船に興味をもち、AO入試でみごと旧商船大学、今の東京海洋大学に合格しました。

 たまたま、わたしが若いころに勤めていた会社には造船部門があり、海洋大の練習船である新日本丸を建造していました。今は、「日本丸II世」というらしいですが、竣工が1984年、わたしが就職して5年目のことです。その関係で、わが家には海洋写真で有名な中村庸夫さんの撮影したこの船の写真集がありました。わたしがもっていても仕方ないのでTくんにあげたのですが、この本は、訓練航海の様子も撮影されている、ちょっと珍しい本です。いずれこうした航海に出ることになるAくんは、食い入るように見入っていました。「いったい、どんな経験ができるのか、自分でもまだよくわかってないけど、楽しみです」と語る顔は明るく輝いていました。

 こうして、幼いころからの夢を追って一歩を踏み出す若者もいれば、受ける学部や大学の選択に悩んでいる者も大勢います。いや、迷っている生徒たちが大半です。そしてどちらが幸せとも言えないでしょう。でも、それぞれ苦手な科目を抱え、自分の限界を思い知らされながら、あるいは意外な能力に気づきながら日々を送っている様子は、とても清々しいものです。

 

 でもAくん、頼むから英語はもうちょっとがんばってくれ。このままじゃコミュニケーションがとれずに海難事故につながるぜ。

(M.H.)