翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

21年目

『弟の戦争』の増刷連絡が来ました。なんと19刷!!

弟の戦争

弟の戦争

 

  といっても、一回に千部とか、2千部とかですから、累計で4万部を少し超えたくらいですが、それでも、がんばってますねえ。

  初版が1995年。わたしはまだ紅顔の美少年、というのは無理がありますが、まだぎりぎり30代だったわけです。

 当時は、翻訳の仕事のこともよくわかっていなくて、ただただ一生懸命やっただけですが、すぐれた原作と優秀な編集者さんたちのおかげで、この作品が長く読み継がれる作品になったことはほんとうによかったと思います。

 

 イギリス人少年の魂が、湾岸戦争の戦場にいるイラクの少年兵の魂と入れ替わるというストーリーは、ウェストールのあの戦争への静かな怒りみなぎる文章に乗って、自分の駐在経験からイラクのことが常に気になっていたわたしの心をゆさぶったのでした。翻訳を始めて2冊目にこの作品と出会ったことは、わたしが児童文学の可能性を強く信じるきっかけにもなりましたし、また、その後、翻訳者としての名刺代わりにもなってくれました。

 この21年のあいだに、『弟の戦争』は二度舞台化され、天声人語にもとりあげてもらい、教科書でも紹介されて、多くの人たちに読まれました。最近では、小中学校の時にこの作品を読んで衝撃を受けたという声を若い人たちからかけられることもあって、うれしいかぎりです。

 

 しかし、喜んでばかりもいられません。悲しいことに、イラクではまだ、さまざまな形で戦争状態が継続し、テロによる爆破事件が毎週のように新聞に掲載されています。ウェストールが憂えた状況や、この作品の存在意義が20年たっても変わらないことは、じつは大変不幸なことでもあるのです。

 

『弟の戦争』を読んだ子どもたちが、「ああ、こんなこともあったんだ。今のイラクからは想像もできないね」と言える日が、一日でも早く来ますように。

(M.H.)