翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

読書会『ムギと王さま』 ファージョンワールドの不思議

 月曜日の古典児童書を読む会の課題本は、エリナー・ファージョンの『ムギと王さま』でした。原題は "The King and the Corn"。そう、イギリスでは「麦」は「コーン」なんですよお。まちがえないようにしましょうねえ(と前科者は言う……)。

ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)

  石井桃子さんの翻訳です。まちがえていません。あたりまえです。アーディゾーニの挿絵もあるからなあ、と負け惜しみ。冗談はさておき、石井さんの翻訳はやわらかくて、言葉の選び方が丁寧で、ふんわりとしたファージョンの世界をよく再現しているように感じました。

 昔話に題材をとっているのかと思ったら、潜在的にはもちろんあるのでしょうが、どうやら基本、ファージョンの創作らしいです(まちがってたらすみません)。おとぎ話と現実が入り混じったような空気感は、あまりわたしの趣味ではなくて、出席者のUさんやNさんも、似たようなことをおっしゃっていました。

 でも、詳しい方々から、ファージョンの生涯はどういうものだったかをうかがったら、少し考えが変わりました。作家と女優を両親にもち、学校に行かずに膨大な父親の蔵書を読みふけり、30歳近くまで兄と二人で物語の世界を演じる遊びに興じていたファージョンの頭の中には、ありとあらゆる物語や風景や人物が詰めこまれていたのでしょうね。それが現実ばなれした、でもどこか懐かしい作風となって彼女の作品に注がれているように思います。

 そういう目で見ると、「よし、わかった。ファージョンさん、あなたの世界で遊ばせてもらいましょう」という心構えができるような気がします。そしたら、感想もまたちがうかもしれません。

 

 と、少し納得した帰り際、Kさんがもってきた原書を見せてもらいました。ん? ちょっと石井さんの翻訳の雰囲気とちがう気がするぞ。いや、ちがうのは石井さんの翻訳じゃなくて、英語と日本語のちがいがはっきり出ているぞ、ということかもしれません。

    表題作「ムギと王さま」の冒頭をちょっと読んだだけですが、シンプルな単語と構文がならんでいる原作のほうが、ケレン味がないというか、まっすぐで力強い感じも受けるのです。うーん、不思議。僭越ながら、ちょっと自分でも訳してみたくなりました。ちがうファージョンができるかも……。

(M.H.)