翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

翻訳勉強会(2−10) 解説訳のこと

 おとといの記事と同じく、この月曜日の勉強会での話。
 直訳するか、かみくだいて訳すかという箇所がありましたので、とりあげてみたいと思います。

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 問題の箇所はこうです。

My first doorbell of the night had gone better than I had expected.

    ("Paperboy" by Vince Vawter, p.25)

 そのまま訳せば、たとえば、

この夜の最初の玄関ベルは思ったよりうまくいった。

 (『ペーパーボーイ』拙訳、p.37)

となります。

 

 この日は、主人公が新聞の代金を集金するために配達先を回る初めての夜なのです。"My first doorbell" というのは、それまでの5軒は、代金を封筒に入れて網戸や新聞受けにはさんでくれていたので、口をきく必要がなかった。そして、6軒目のこの家が「最初の玄関ベル」になったというわけです。

 しかし、上の訳文は、これだけ読むと妙な文章です。「玄関ベルは……うまくいった」という主語述語になってしまうからです。でも、文学的な表現としては許されると思います。

 

 さて、ここで訳者はどうするか決めなければなりません。上のような「直訳」で行くか、それとも、かみくだいた訳(仮に「解説訳」とでも呼びましょうか)にするか? 

 たとえば、

この夜はじめての言葉を交わしての集金は思ったよりうまくいった。

 などと、することもできるでしょう。

 ふだんから、児童文学やヤングアダルト作品を翻訳していると、こうした解説訳をすることがどうしても多くなってしまいます。英語と日本語の壁、文化や習慣の壁を越えるための解説だったり、読者年齢を慮っての(しばしば余計な)配慮だったりするわけです。でも、めずらしく、このケースでは、わたしは第一の直訳に近い訳で訳しました。なぜ、と言われるとうまく説明できないし、感覚的なものでもあります。周囲の文章との相性もあります。

 

 大切なのは、直訳にするか、解説訳にするかの選択を意識的にすること。読者のことも考えなければなりませんが、文学であるからには修辞的な文章も残す必要があるでしょう。好き嫌い、フィーリングも大事だと思います。

(M.H.)