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翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

翻訳勉強会(2−14)── ハエと握り

 月曜日は川越での翻訳勉強会でした。『ペーパーボーイ』(ヴィンス・ヴォーター作、岩波書店、STAMP BOOKS)、もう少しで第3章が終わります。

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 この日も活発な議論が交わされたのですが、盛り上がった(?)のが、「ハエと握り」でした。ハエは、そう、ブンブン飛ぶ蝿。握りは寿司ではなく、ボールの握り。

 

The last thing I remember was seeing a fly buzzing around Mr. Spiro's porch light. The light got brighter and brighter and the fly got bigger and bigger.

   ( "Paperboy" by Vince Vawter, p.28)

 主人公の少年は、吃音のために発音しにくい言葉(じつは自分の名前!)を無理に発音しようとして息ができなくなり、集金先の家のポーチで気を失ってしまいます。その直前の描写です。問題は、この "a fly" 。

 わたしは、「あ、ハエね」と思って、あまり考えずに

最後におぼえているのはスピロさんの家のポーチの電灯のまわりをハエが一匹飛びまわっていたことだ。電灯の光がだんだん明るくなりハエがぐんぐん大きくなっていく。

 (『ペーパーボーイ』、原田訳、p.41)

と訳しています。

 しかし、勉強会のメンバーの中には、ポーチの明かりにハエがたかるものだろうか、と考えた人が何人かいました。たしかに、"fly" を辞書でひくと、「ハエ」のほかに、「(一般に)透明の羽で飛ぶ昆虫;カゲロウ(mayfly)、蛍(firefly)」(ランダムハウス英和辞典)などとあります。

 しかも、このあとで主人公が意識をとりもどすと、"fly" の数は増していて、電灯にたかっているのです。「羽虫」のようなものでしょうか?

 

 ですが、気絶直前、遠のく意識の中で、"fly" の姿はどんどん大きくなり、お父さんの軽飛行機くらいの大きさに見える、という描写があります。映画の "The Fly" を思い出しますが、ハエがぐんぐん大きくなるのは想像がつきます。いや、大きくなりませんが、だれしも、ハエの顔をじっくりと見たことが一度や二度はあると思うので、想像が容易です。しかし、羽虫の顔(?)はよく知りません。ですから、描写としての迫力が落ちるような気がします。

 調べなおしてみました。Google で、"fly" を画像検索してみると、画面中がハエだらけになります(笑)。また、上のハエ以外の語義には、「主に複合語で用いる」(ランダムハウス)、「現在では複合語として」(研究社新大英和)とあります。羽虫には "gnat" などが当てられるようにも思いますしね。やはり「ハエ」なのではないか、と。

 ただ、ポーチの明かりに何匹もハエが群がるものだろうか、という疑問は残ってしまいますが……。

 

 

「握り」問題です。

Mr. Spiro made like he was holding a baseball in a two-fingered grip.

  ("Paperboy", p.32)

 という文章が出てきました。問題は、"two-fingered grip" です。担当だったメンバーは、「人差し指と中指のあいだでボールを握る真似をした。」と訳しました。すると、いわゆるフォークボール、アメリカではスプリット・フィンガード・ファーストボール(SFF)の握りになってしまいます。

 しかし、これはたぶん、人差し指と中指をそろえて前に伸ばしたふつうの直球の握りを真似したものでしょう。いくら野球少年との会話とはいえ、いきなりフォークボールの握りを見せるのはマニアックすぎます。というか、わたしはここはあまり考えずに、「ああ、ごくふつうのボールの握りだな」と思った記憶しかありませんでした。

 メンバーは全員女性。やはり、ピッチャーの球種と握りについてはよく知らないという方が大半でした。いわゆる直球はこうして二本の指を縫い目にかけて握る、というのも知らなかった、と言う人もいて、少し驚きました。なので、わたしもそれほど詳しくないのですが、ストレート、カーブ、フォーク、ナックル、パーム、などの握りをやってみせたのでした。

 家に帰って調べてみると、少年野球の指導者たちは、まだ手が小さくて "two-fingered" で握れない子どもたちに、薬指もそえる "three-fingered" で握らせていいんだろうか、という議論がネット上に散見されます。アメリカでも日本でも、この議論やっていますね。野球ファンむけには、この three-fingered の握りでチェンジアップを投げる方法も解説されていました。そのほか、知らない握り方がたくさんあってびっくり。

 というわけで、自分の不得意分野は(いや、ある程度知っていると思っても)、調べなおしたり、詳しい人に聞くのが一番。わたしだって、女性の化粧やファッションのことなんてさっぱりですから、お互い様です。

 

 

 結局、ハエも握りも、「fly = ハエ」、「two-fingered = 二本指 = フォークボール」という等価交換で片付けたところに、誤訳発生の根があるように思います。それでいいんだろうか、と思う気持ちを、いつもどこかにもっていることが大事なんでしょうね。

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 絵本カフェ「イングリッシュブルーベル」( Ehon Cafe - English Bluebell - )さん前の秋明菊。一本の株からこんなにたくさん。つぼみもまだまだありました。

 

(M.H.)