翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

『レイン 雨を抱きしめて』

    おととい、表紙の話を書いた本です。いい作品でした。   アスペルガーの少女と犬の話です。ストーリーも、登場人物も、描写も、翻訳も、装丁も、みんなバランスよく一つの作品を作っています。ぜひ読んでみてください。

 

レイン: 雨を抱きしめて (Sunnyside Books)

レイン: 雨を抱きしめて (Sunnyside Books)

 

 

    ストーリーは書きませんが、無理のない、でも、ハラハラする展開で、どんどん読み進められます。最後、ちょっとお父さんがかわいそう。

 

    アスペルガーという障害をどう作品に生かしているか、そのことを少し。

    主人公で語り手のローズは小学校五年生。アスペルガーのせいで、ルーティンをはずれることがきらい、素数が好き、同音異義語が好きで、あいまいな言い方がいやで、何度も同じことを聞き、規則は守ろうとします。

    それが作品にうまく生かされていて、時間や時刻が妙に具体的に語られるおかげで作品世界の実在感を増し、同じことをくり返し言うことで、ローズの誠実さや彼女にとってなにが大切なのかがよく伝わってきます。そこが鼻につくことなく生かされていると思いました。

    主人公の障害をうまく作品に生かした例はたくさんあって、『アルジャーノンに花束を』、『ピーティ』、『マルセロ・イン・ザ・リアル・ワールド』、『わたしの心のなか』、そして、拙訳『ペーパボーイ』もそうです。

    こういう言い方は少し語弊もありますが、いずれも主人公の障害による世間一般とのズレを利用して、広く人間の抱える普遍的な問題をあぶり出してみせる手法では共通していると思います。もちろん、主人公の抱える苦しみや悩みも描かれるわけですが、やはり、どんな読者にも我が身を振り返らせる力がある。

    人種差別や戦争などを描いた作品にも同様の構造があるように思います。ただ、それが手段に終わってしまうと、作品としては失敗なのでしょうね。

 

『レイン』、いい作品です。犬好きにもオススメ。レインは犬の名前です。西本かおるさんの翻訳も穏やかで無駄がありません。

 

    でも、やっぱりお父さんがかわいそう。しかも、おととい、トランプ当選のショックを和らげてくれる表紙だと書いたのに、このお父さん、アメリカのプアホワイトの典型で、選挙に行ったら、絶対、トランプに投票するような人なのです。よけいにやりきれなくなってしまいました。

(M.H.)

 

追記:ルーティンが好きで、あいまいな言い方がいやで、規則を守ろうとする、というところは、じつは自分もそうなので、ローズの気持ちはよくわかります。この本を読んで、自分は少しアスペルガー的な気質があるのだと思いました。だれもがいくらかの割合でもっているものなのでしょうが。