翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

原文に忠実、とは。(翻訳勉強会2−14)

 月曜は川越での翻訳勉強会でした。

 当番の方の訳は原文に忠実に訳してあったので、うん、シンプルでいいんじゃないか、と思いながら、ちらりと自分の訳と比べたら……。

 あれ、何箇所かちがってる。なぜだ?

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Mam was working in the kitchen when my parents got back home from eating out. I went to the top of the stairs to try to hear what they were talking about. My mother started telling Mam what to order from the grocery and what to cook for the week.

     ("Paperboy" by Vince Vawter, p.36)

 

父さんと母さんが外食から帰って来た時マームはキッチンで働いていた。ぼくは階段の一番上のところに行ってみんなが話しているのを聞こうとした。母さんがマームに食料品店に注文する物とその週に作ってほしい食事は何かを言い始めた

   (Oさん訳)

お父さんとお母さんが外で食事をして帰ってきた時マームはキッチンにいた。ぼくは階段の上まで行って大人たちがどんな話をしているか聞き耳をたてた。お母さんがマームに食料品店に注文する品物や今週の献立伝えはじめた

   (『ペーパーボーイ』p.50、原田訳)

 

 Oさんは working を「働いていた」、they は「みんなが」、started telling は「言い始めた」、what to cook は「作ってほしい食事」としています。いわゆる英文和訳的に言えば、they は「彼ら」、what to cook は「作るべきもの」となるところですが、そこは固くなるのをちゃんと避けていて、小説の地の文らしくなっていると思います。

 ただ、わたしとしては、二階の廊下にいる主人公(=視点・語り手)から、キッチンの中の家政婦マームの様子は見えないはずなので、働いているかどうかわからないじゃないか、と思い、working を「いた」としました。住み込みの家政婦さんなので、自分の部屋にもどらない限りは仕事中とも言えますが。

 そして、主人公の少年が、両親と家政婦三人の会話を盗み聞きしようとしているのだから、they は「大人たちが」としました。adults としていないのですから、別に「みんなが」でも十分だと思うのですが、日本の小説家がこういう場面を書いたら、この家に暮らす子どもは主人公一人で、あとの三人は大人ですから、「大人たち」とするのではないかと感じたからです。(いや、正確には訳した時のことは忘れていて、この日、へえ、と自分でも思ったのですが……。)

 以下、telling は、お母さんから家政婦への「指示」の感じを出したかったので「伝える」に、what to cook for the week は、あまり説明的になりすぎないように「献立」としました。(忘れてますが、たぶん、そういうことだと思います。)

 

 これは、必ずしもどちらがいい、というものではなく、方針の問題なのかもしれません。でも、自分としては、できるだけ物語らしく、小説らしくしたい、という意識が常に働いているように思います。それでも、この勉強会で見直していると、「どうしてこんな直訳してるんだ!!」と腹がたつ箇所が時折あって、まだその意識が足りないのかもしれません。

 

「原文どおりに」とか「原文を勝手にいじらない」という考え方がありますが、文法も語彙も異なり、文化も歴史もちがう外国の物語なのですから、「日本の小説家が書いたら?」と考えて言葉を操作する必要があると、わたしは考えます。

 上の例で言えば、英語では、あくまで事実や動作の描写に終始していますが、主人公の少年と大人三人の家族の関係性、お母さんと家政婦の上下関係が、日本語ではどうしても言葉の選択に表われると思うのですが、どうでしょうか。そういう操作も、ある意味「原文に忠実に」の範疇に入るのではないかとわたしは思います。

 いずれにしても、ここは翻訳にあたって考えるべきポイントの一つですね。

 

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 じつは、上の箇所には別の問題点もあって、主人公の寝室が二階にあり、部屋を出て廊下を進み、一階へおりていく階段の降り口で耳をすましているのですが、例によって、「階段の上」問題が発生しているのです。

 前も書きましたが、「階段の上」は、「階段を上がりきった廊下の端」なのか、それとも「階段の段の最上部」なのか、あるいは「階段の途中」なのか、という問題です。まあ、寝室が二階にあることは、ここまでの物語で読者になんとなく伝わっていると思うので、おりていったのならそういう描写があるだろうから、ここはこれで「二階の廊下の階段への降り口」だということは、読者もわかってくれると思うのですが……。

 

 ああ、翻訳はむずかしい。

(M.H.)