翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

付箋のわけ

 今、訳している本。原作者はイギリス人です。イギリスで最初のハードカバーが出て、その後、アメリカでペーパーバックが出ました。以前このブログに、半分冗談、半分本気で、アメリカ版のペーパーバックがページ数が少ないから(1ページあたりの語数が多いだけなんですが……)、これで予定を立てれば1日あたりのノルマが少なくなる(ように感じる)、というような安易なことを書きました。

 で、すでに通し訳をすませた段階で、そういえば、さらにその後、イギリスでもペーパーバックが出ていることを思い出しました。

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 まさか、テキストにあちこち手を入れたりしてないよな、と思いながら、最初の数ページ、英米の版を比べていくと、細かいところで文や語がちがっているではありませんか。

 

 というわけで、これはチェックしないわけには行かず、訳文を整えながら、全編を突き合わせてみました。

 もちろん、英米の綴りや語の違い、honour と honor、theatre と theater、burnt と burned、jumper と sweater といった調整もあるのですが、それ以外の違いに付箋をつけていくと、上の写真のようになりました。まあ、ほとんどがマイナーなもので、ストーリーが変わっているわけではありません。そして、じつは、挿絵の関係などもあって、イギリス版はハードカバーをそのままペーパーバックにしているようでした。ですから、テキスト的にはアメリカ版が作者が最後に手を入れたもの、ということになります。

 

 古典では、テキストの異なる原書がいくつかあり、これを底本にしました、という断り書きが訳者あとがきにあったりしますが、同時代の作家の場合、英米(正確には豪米や加米のこともありますが)の綴りや単語の修正はしても、テキストに手を入れることはあまり多くないと思います。翻訳の時にこちらから指摘した誤りなども、その後も版を重ねているのに訂正せずに平気で出し続けますからね。そういう意味では、この作家さんはまじめな人なのかもしれません。(あ、おとといとりあげたロバート・コーミアの『ぼくの心の闇の声』は、やはりペーパーバックにする時に2箇所だけ手を入れてありました。)

 手を入れたあとのほうが、登場人物の動きや位置、ものの形状などが、少しはっきりしているような気がします。まあ、でも、どっちもどっちといった箇所も多くて、これは英語で読んだ時の音のリズムなどに起因するもののようで、訳してしまうとわからなくなってしまうことも多かったですね。

 また、段落を替えたり、替えなかったりしている部分や、he said の入れる場所を変えたりとか、she saw を新たに入れたりとか、このあたりは翻訳していても同じ微調整をやるところなので、ああ、原作者もこうして読みのリズムを整えているんだと思うと、がぜん親近感がわいてきます。

 チェックそのものは面倒臭い作業でしたが、自分も創作活動に関与しているのだという実感を改めて感じたこの5日間でした。

 

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(表紙には『ライラの冒険』シリーズの作者、フィリップ・プルマンの賛辞(英語では blurb と言います)が入ってます。先日、越前さんから聞いたところによると、最近のミステリは、スティーヴン・キングの blurb が帯に入ってると、だいたいコケる、という定説があるそうです。プルマンの blurb も良く見るけど、まさか、ね……。)

(M.H.)