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翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

読書会 ─ 『みどりのゆび』

 月曜日は川越の絵本カフェ「イングリッシュブルーベル」(-Ehon Cafe - English Bluebell -)での、古典児童書を読む会でした。課題本は『みどりのゆび』(モーリス・ドリュオン作、ジャクリーヌ・デュエーム絵、安東次男訳、岩波書店)。

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 フランスの本ということで、お菓子はシューケット。飲み物は黒豆ミルク(飲みかけです)。おいしゅうございました。

  初読でした。愛蔵版で読んだので、絵は彩色されたものもあります。原作は1957年、わたしが生まれた年です。安東次男さんの翻訳は、初版が1965年ですが、子どものころはこの本の存在を知りませんでした。カラーの絵は2009年に加えられていて、というか、もとの絵をトレースして彩色したように見えます。ほんとうはどうなんでしょうか?(追記:この後、岩波書店の編集さんから教えていただきましたが、同じ画家さんが、カラー版の挿絵を描き直したのだそうです。)

 

 主人公のチトは、兵器工場を経営するお父さんとやさしいお母さんの子どもです。学校は性に合わず、立派なひげを生やした庭師のムスターシュおじさんや、がみがみ怒るかみなりおじさんなどに、植物のことや社会のことを教わります。そして、チトはみどりのゆびをもっていて、押しつけるだけで眠っていた種が芽を出し、花を咲かせるのでした。

 きわめて寓話的な物語で、チトは、お父さんの兵器工場の兵器にみどりのゆびで植物を繁茂させ、戦争当事国のどちらにも輸出された兵器は使い物にならず、戦争が回避される、というのがいちばんわかりやすい部分です。しかし、ほかにも細かいところで示唆に富んだせりふやエピソードがありますし、チトは学校に不適応な子どもだったり、お父さんはいい人なのに兵器工場の社長だったり、考えさせるところがいろいろあります。最後はチトは天使であることがわかり、樹木と蔓でできたはしごで天に昇っていってしまう、という宗教的な結末です。

 若いころから何度か読んだというメンバーの方は、その度にちがった発見がある本だとおっしゃっていました。わたしは、これは果たして児童書なのだろうか、と思いました。まあ、そういうジャンル分けを無理にする必要もないわけで、きっと手元において、長く読み返す本なのかもしれません。

 訳者の安東次男さん(1919-2002)は、俳人・詩人でもあり、ですます調の翻訳は、上品で、しかも無理のない、不思議な雰囲気の訳文で、寓話的なこの物語にぴったりです。もう50年以上たっているのに、訳文は生き生きしています。メンバーの野沢佳織さんとは「ですます調はなかなか使えないよね〜」という話で、盛り上がりました。そう、視点が作者にある三人称の地の文とか、もしくは、初老の上品なご婦人の一人称の作品で、しかも、よほど雰囲気が合わないと使えないのではないでしょうか。

 

 愛蔵版はカラーの絵もきれいですが、クロス貼りで主人公チト(TISTOU)の名が押してあるみどりの表紙も所有欲をくすぐります。これは図書館で借りてきたので、ビニールシートが貼られていて、クロスの手触りが確かめられません。しかも、ほんとうは箱入りなのに、図書館の本は、あらかじめ箱をはずし、シートを貼った形で届けられてしまうのだそうです。

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 いろいろな意味でフランス的な本でした。

 

(M.H.)

 

 追記)この日は最高気温5℃、帰りは3℃でしたが、防寒対策をして、バイクで川越へ。所用30分強。最近のバイクウェアはすばらしい。GOLDWINのオーバーズボンとジャケット、バイク用のネックウォーマーでさほど寒さも感じず。よし、来週の勉強会もバイク出勤だ。

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