翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

銃剣道のこと

 文科省が銃剣道を中学校の指導要領の武道のひとつに加えました。どう考えても納得できません。このニュースを見たとたん、恐怖にも似た嫌悪感が走ったのですが、なぜか考えて見ました。

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 まず、銃剣というものが、銃の先につける武器であること。剣道やフェンシングだって、もとは刀や剣という武器です。なにがちがうのか? 

 銃剣道が軍隊由来、それも、明治以降の近代になってからの軍隊由来であることがひとつ。さらに、刀や剣がもともと個人が身を守るものである側面もあるのに対して、銃剣は近代になってからの戦争で──ほぼ戦争のみで──使われる武器であることが挙げられます。

 しかも、銃剣を使う局面は、少し想像力を働かせればわかりますが、離れて銃を撃ちあったあとの白兵戦であり、身を守るというよりは、国家間の戦争によって余儀無く戦線に出た兵士たちが、個人的な恨みなしに目前の敵との命のやり取りをする場面で使われる武器であることです。

 日本は銃の所持を認めていないわけで、それは個人と個人のあいだで銃が使われる危険を防ぐためでしょう。では、銃剣ならいいのでしょうか? 戦争になった時の軍隊における銃の使用は、つまり、国家組織としての銃の所持や使用には問題がなく、それを中学生にすりこもうとしている、としか思えません。

 

 上記のような由来があり、いくら木銃とはいえ、銃の形をしたものを、中学生がもって突きを繰り出す場面を想像してもらいたい。自分の子どもや孫が、そんなことを、たぶん、体育館や運動場で列を作ってやる様子を想像してほしい。わたしだったら、子や孫が通う学校が銃剣道を教えると言いだしたら、やめてくれと抗議するし、それでもやるのだったら、体育を休ませるか、転校させると思う。

 

 銃剣道が今は武道として成立しているということは調べてわかりました。主に自衛隊の訓練の一環として行われているようです。でも、だからといって、それを選択の余地のない中学生(義務教育ですよ)の体育に採用するということが、どんなに気味の悪いことか……。

 

 これを決めた人たちには、想像力がなさすぎます。

 

(M.H.)