翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム「再」再録「原田勝の部屋」 第15回 ペーパーバック百冊

★この記事を書いたあとも、少しずつ本は増え、しかも、そのうちに、「あっ、翻訳されちゃった。やっぱり面白かったんだ、すぐに読んでおけばよかった……」という原書がたまっていきます。でも、たぶん、これは必要な投資なんだと思います。ピンポイントでとりよせて、レジュメ書いて、企画採用された本もなくはないですが、やはり、なかなか、そう甘くはないですからね。(2017年08月06日「再」再録)★

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 洋書はアマゾンのおかげで、どんどん安く手に入るようになりました。ですが、ハードカバーとペーパーバックがあるなら、やっぱり、安いペーパーバックを買ってしまいます。Kindleならもっと安いのですが、どうも、買う気になれません。本という物が欲しいんですね。ただ、狭い部屋はどんどん本だらけになり、机の上、床の上に積もっていきます。そろそろ、処分しないとなあ。 

 そもそも、買っても読まない本が多くなってきてしまいました。毎日、翻訳をしていると、もう英語を見たくなくなってくるのです。でも、新しい本を買わないと、なんだか、落ち着かない。あーあ、また……。

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第15回 ペーパーバック百冊

(2009年1月19日掲載記事 再録)

 

面白い本は人に教えたい

 読者のみなさんは、最近、なにか面白い本を読みましたか? それも、会う人ごとに「ねえねえ、この本読んだ? 面白いよお。主人公は厚労省の役人なんだけど、それがちょっと変わっててさあ……」てな調子で、勢いこんでストーリーや登場人物を紹介したくなる本を読みましたか?

 

 思うに、翻訳の動機は、まさにここにあるのではないでしょうか。日本語の本なら相手に貸して感想を言い合い、「そうそう、あの場面は泣かされるよね……」、「ふーん、そうなんだ。ぼくはそうは思わなかったな。だってさ……」などという会話で盛りあがる。そして、それが外国語で書かれた本だったら、翻訳して読んでもらう、というわけです。

 どうもわたしは、面白いと思った本をだれかに紹介したいという願望が人一倍強いようで、家族や友人にむかって、なにをそんなに興奮してるんだ、という冷たい視線を浴びながら、しかし、その時はそうと気づかず、「とにかく面白いから読んでみな」と、まくしたてていることがあるようです。まだ最後まで読んでない本を強く薦めたものの、読み通したらラストが拍子抜けで、その本を買ってしまった友人に謝った経験もあります。

 わたしは小学校から高校まで、小説を読むのがほんとうに好きで、学校の休み時間にも読み、部活の試合に行く時にもテニスバッグの中に図書館で借りた本を入れていくような本の虫でした。とくに海外の小説は、行ったことのない国のことが書いてあるというだけで面白く読んでいたように思います。

 ところが、なぜか大学四年間、そして企業に就職して最初の五、六年は、ほとんど小説を読みませんでした。理由はよくわかりません。とにかく、急に小説が面白くなくなり、ノンフィクションや雑誌ばかり読むようになってしまったのです。それが自分でも寂しくて、謎解きで引っぱってくれる推理小説なら、きっとまたあの面白さを味わえるのではないかと考え、無理やり『ミステリマガジン』を買ってきたり、翻訳ものの推理小説を読んだりしていました。でも、小中高と味わっていた、本の中にのめりこむような快感は蘇ってきませんでした。

 

原書、何冊読みましたか?

 二十代の終わり頃、海外出張の帰りに、なにげなく空港の売店で機内で読むための薄いペーパーバックを買いました。子犬の写真が表紙になっている本で、それ以外はよく憶えていないのですが、作者が自分の飼い犬の話を書いたノンフィクションだったと思います。わたしはそれまで、学校の授業や仕事以外で英語の本を読んだことがなかったのですが、その本は読みやすい英語で書かれていて、おそらく内容も面白かったのでしょう、純粋に楽しみのために最後まで読み切った、たぶん生まれて初めての英語の本になりました。

 ほどなく勤めていたメーカーを辞め、少しずつ翻訳の勉強を始めることになるのですが、その頃、翻訳者を志す人にむけて書かれた文章の中で、「ペーパーバック百冊読みましたか?」というフレーズを目にしました。「原書を二、三十冊読んだだけで翻訳などできるわけがない。最低百冊は読め」という趣旨の文だったと思います。そりゃそうだ、と思いましたが、当時、自宅には英語の本は数えるほどしかありませんでした。文芸作品となると、もっていたのは、高校生の頃に買って二ページ目で挫折した『The Old Man and the Sea』くらいのものだったでしょうか。

 とにかくペーパーバックを買わなきゃ、と思い、当時はまだインターネットもアマゾンもなかったので、新宿の紀伊国屋書店の洋書売場へ行きました。そこで買ったのは、やはりノンフィクションで、Peter Jenkinsという人が書いた『A Walk Across America』という旅行記でした。かつてヘミングウェイやサリンジャーで苦労していたわたしにとって、純文学は敷居が高かったのです。

Walk Across America

Walk Across America

 

  なんとなく選んだ『A Walk Across America』は、とても面白い本でした。中に描かれているマスメディアには登場しないアメリカ各地の素顔が興味深く、また平易な文章で書かれていたこともあって、一気に読み終えました。(この本には続編もあるのですが、作者がスピリチュアルな方向に傾いていったせいで、ついていけなくなってしまいました。)

 こうして原書が読める、いや正確には、「ものによっては原書が読める」ことがわかったわたしは、翻訳で読んだ小説の原作や、見たことのある映画のノベライズ本、題材になじみのあるノンフィクションなどを読みはじめました。難しいものや、途中で投げだしたものもありましたが、とにかく、英語で読んで感動するのが面白くてしかたありませんでした。

 そのうち、現役で活躍しているベストセラー作家の小説を読むようになります。最近はあまり読んでいませんが、好きな作家は、Ken Follett、Stephen King、Robert B. Parker、Patricia Cornwell、John Grishamあたりですね。こうした作家たちの小説は、まさにpage-turnersで、わからない単語があっても、キーワードをいくつか押さえておけば、ストーリー展開で結末までぐいぐい引っぱっていってくれます。

 そんなこんなで、月に二冊くらいはペーパーバックを読み、「原書百冊」を達成するのに四年ほどかかったでしょうか。だからどうした、と正面切って言われると困るのですが、一つ確かなことは、だれに読めと言われたわけでもなく、いつ放りだしてもいい原書を楽しく最後まで読み通す経験が積みかさなっていくことで、英語で書かれた作品の中に心動かされる物語が確かに存在する、という実感を得たのです。まあ、多少、読解力もついたでしょう。

 

読書ノート

 この原稿を書きながら、ふと思いだして捜してみると、当時つけていた「読書ノート」なるものが出てきました。中には読んだ本のタイトルと読了日、作者、訳者、出版社、だれから借りたか、などが書いてあります。

 1987年1月から始まって、途中で大学ノートからワープロのプリントアウトに変わり、99年11月の書きこみが最後です。『A Walk Across America』の記録を捜してみると、ありました。88年の9月21日に読み終えていますね。同じ年の12月に、わたしは当時勤めていた会社を辞めています。あれ、この本より先に、映画の原作本『Kramer vs. Kramer』と『Empire of the Sun』を読んでいるようです。記憶というのはあてになりませんね。

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 書きこんである本のタイトルを見ても、内容を憶えている本はわずかしかありません。欄の横に、◯とか◎、△、などと書いてあるのは、面白かったかどうかです。ほとんどが◎で、書評家としては大甘ですね。あまりの◎の乱発に、時おり、三重丸や☆がついています。さらに95年の途中からは寸評を加えてある本もあります。

 こうして見返してみると、原書も、しだいにリーディングを依頼された本や、自分のジャンルとして意識しはじめたYAものや児童書が増えていくのがわかります。ものによっては「訳したい」とコメントをつけてあったりもします。

「読書ノート」をどういうつもりでつけ始めたのかよく憶えていませんが、おそらく読書をもっと計画的に進めようという意図があったように思います。途中から寸評を加えはじめたのは、リーディングの仕事をするようになって、作品の感想を言葉で表わすことの必要性を感じるようになったからでしょうか。

 読書は本来自分のためのものですが、その喜びを他者に伝えようとする時、「作品をどう評価しているか」を言葉で表現する必要が生じます。また、そうしようとすることで、気づいていなかったことに気づいたり、曖昧だったことがはっきりしたりもします。

 読者の皆さんは、読んだ本のこと、だれかに伝えていますか?

 次回は、まさにその「読んだ本のことを人に伝える作業」、リーディングについて書いてみたいと思います。

(M.H.)