翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム「再」再録「原田勝の部屋」 第23回 very は「とても」か?

★もちろん、very は必ず「とても」と訳すわけではないのですが、自分の訳本を調べたら、それが如実にわかったので、ちょっとびっくりしました。そう、機械的に訳語を決めてはいけません。と、自分で言いながら、つい……。(2017年08月18日「再」再録)★

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 この回で題材にしたのは、『王国の鍵1 アーサーの月曜日』(ガース・ニクス作、主婦の友社、2009年)。原題は “The Keys to the Kingdom 1, Mr. Monday” です。原書の表紙がかっこいい。

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 全7作のシリーズですが、なかなか面白いですよ。買い揃えるのは大変かもしれませんが、けっこう図書館には入っていますので、ぜひ!

 

王国の鍵1 アーサーの月曜日―The Keys to The Kingdom

王国の鍵1 アーサーの月曜日―The Keys to The Kingdom

 

 

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第23回 very は「とても」か?

(2010年4月19日記事、2015年05月25日再録)

 

 My father is very tall. 「父はとても背が高い。」

 中学生の頃、テストで「とても」を書き忘れると減点されました。では、翻訳の場合はどうでしょう? 今、翻訳中のファンタジーシリーズは、原作をPDFでもらっているので、veryで検索をかけてみました。すると、第一巻の364ページ中に109個のveryがありました。ところが、自分で訳していてなんですが、日本語版では379ページ中に「とても」は18個しかありません。差し引き91個はどこへ行ってしまったのでしょう? 最初の10個を調べてみました。

1. at the very end of Time「時の行きつく先」
2. not really very white「白いとは言えず」
3. something ... very black「まっ黒なもの」
4. for a very long time「ずいぶん長いあいだ」
5. with ... very neat neckties「ネクタイをきちんとしめ」
6. They were very high up「上層部の者だ」
7. a button on the very top right-hand side「右端、一番上のボタン」
8. very serious asthma attacks「重いぜんそくの発作」
9. very close「すぐ近くに」
10. very handsome「ハンサムな」
( “The Keys to the Kingdom 1, Mr. Monday” 『王国の鍵1、アーサーの月曜日』)

 なんと、訳語には「とても」が一つもありません。これには我ながらびっくり。もう少しよく見てみましょうか。

 1.と7.のveryは、もともと「とても」ではありませんね。2.はnot reallyとの組み合わせで否定表現になっていますので、これも少し違います。残りの七つは強意の副詞ですが、訳語に強意語が使われているのは、3.「まっ(黒)」、4.「ずいぶん」、9.「すぐ」の三つ。残りの四つは訳していません。誤訳、ですかね?

 上の引用から、わたしの場合、veryを「とても」と訳すことを避け、さらに、それ以外の強意語にも訳出しないことが多い、という傾向がはっきりうかがえます。コラムの題材にするくらいですから、自分でもわかってはいたのですが、これほどとは思っていませんでした。でも、なぜ、こうなるのでしょうか? いくつか理由が考えられます。

 

veryにこめられた意図は?

 まず一つは、veryは必ずしも強意の副詞ではない、ということ。上にもありますが、形容詞の「まさに」「ぎりぎりの」といった意味があります。もともと、使用頻度の高い言葉は多義語のことが多いので、要注意です。

 次に、英語ではほとんどの形容詞・副詞をveryで強調できるようですが、日本語では、「とても」がふさわしくない場合があります。例えば上の例では、very blackは「とても黒い」とは言いません。やはり「まっ黒」でしょう。

 三つめの理由は、日本語の「とても」には、思い入れや主観が感じられ、たくさん使うと、どこか嘘くさい、というか、鼻につく気がして、使用を控える、ということがあります。シンプルに形容詞や副詞の意味だけ訳出した方が不要な思い入れを排除でき、かえって印象的に見えて、veryの役目を果たしてくれることがあるのです。

 さらに、たくさん使ってもあまり違和感がない単語と、過剰だと感じる単語が言語によって違うのだと思います。例えば、英語ではおびただしい数の代名詞が使われるのに、違和感を覚えませんよね。英語のveryは、日本語の「とても」より、たくさん使っても違和感のない単語なのでしょう。ただし、上の引用の出典は児童文学なので、作者が語彙を絞った結果、veryがそれだけ増えている可能性はありますが……。

 また、上に引用したvery serious asthma attackの例は、体育の欠席理由を先生に説明している場面です。直接話法で、先生に訴えるためであれば、「ぼくにはとっても重いぜんそくの発作があって……」とやるところですが、間接話法で地の文になっているので、少し引いた感じにして、「とても」を使いませんでした。 さらに、handsomeとvery handsomeの差は説明できるのか。handsomeには主観が入っていて、程度の差なんてわからないぞ。いや、このhandsomeは目鼻立ちがくっきりしてるだけで、必ずしもほめ言葉じゃないんじゃないか? この登場人物をほめて、イメージアップしておく必要があるのか? まあ、そういうことを考えるわけです。つまり、強意表現には、読者をミスリードしたり、いらぬところに注目させたりする可能性があるわけで、その必要性を判断すべきでしょう。

 

「とても」だらけじゃ、「とても」読めたものじゃない?

 veryがインフレ気味に使われているせいか、本当に強調したい時には、highly、extremely、awfully、terribly、incredibly、extraordinarilyなど、veryよりも強く、また別のニュアンスが加わった強意語が用いられます。同様に日本語にも、「非常に」「おそろしく」「とてつもなく」「超」「すごく」「ものすごく」「きわめて」などがあります。もとの意味からして、highly、extremely =「きわめて」「極度に」、awfully、terribly =「ひどく」「おそろしく」という分類でしょうか。もっとも、訳すにあたってこういう組み合わせを守る必要はなく、文脈や登場人物のキャラクターにふさわしい訳語をあてればいいでしょう。そして、veryにあてる訳語も、こういった語を適切に使えば、「とても」が不必要に増えるのを防いでくれます。

 多用を避けるためには、ほかにも方法があります。例えば、very coldを「とても(すごく・非常に)寒い」とやらずに、「冷えるね」「寒っ」「寒さが厳しい」「底冷えがする」といった表現にする方法です。前二つはせりふでしか使えませんが、主観・客観、せりふ・地の文、子ども・大人、女性・男性、などの違いで、語のレベルを変えたり、語尾を変えたり、漢字・ひらがな・カタカナを選んだりして、バリエーションをつけられるでしょう。それで、原文のveryが間接的でも適切に表現できるといいですね。いずれにしても、veryの意図を考え、日本語らしい表現を探りながら翻訳すると、veryの数ほど「とても」を使わずにすむと思います。

 veryとともに、もう一つ、よく出てきて困る単語がsuddenly です。物語の中では、往々にして、登場人物は「突然」なにかを始め、出来事は「突然」起きるものです。たまたま当たった原作者の癖かもしれませんが、わたしの感覚では、suddenlyもインフレ気味だと思います。同じ『王国の鍵1』を調べてみると、suddenlyは48個、7.5ページに一回、「突然」なにかが起きています。一方、訳書の中の「突然」は17個しかありませんでした。veryと違って強意語ではないので、訳出していないものはさほど多くありません。つまり、「突然」以外の言葉を使っているわけです。「ふいに」「急に」「にわかに」「いきなり」「出し抜けに」「薮から棒に」など、類語辞典が活躍する場面ですね。ただし、「突然」はかなり広く使えるのですが、ほかの語には制約があります。「いきなり立ち上がった」はOKですが、「空が暗くなった」の前なら「にわかに」でしょう。「薮から棒に」は使用範囲が狭く、しかも、一作品に一度しか使えないと思います。「薮から棒に」を400ページの本に二度使ったら、ものすごく気になります。三回以上使うのは論外でしょう。

 

時間をおいて推敲を

 自戒をこめて書きますが、過剰な反復を防ぐには、やはり時間をおいて推敲するしかありません。翻訳作業は、日々、少しずつ進めていくわけで、その時には気づかないことが多いものです。逆に、ちゃんと気づいていて訳文を練り上げたのに、翌日、次のページに進んだら、最初の段落にveryとsuddenlyのダブルパンチ、また頭をひねるはめになる、なんてこともありますが……。英語と日本語で、各単語の許容される使用頻度が異なるのですからしかたありません。常に注意しながら作業を進め、最後まで訳したら、読み返して修正を加えるしかないのでしょう。ゲラの段階で何度か通し読みしていると、ありふれた言葉でも、少し使う頻度が上がっただけで、とても目立ってしまう言葉があるものです。まあ、偉そうに書いてますが、編集や校正のスタッフに指摘されることも多く、なかなか自分では気づかないものです。それだけに、慎重に言葉を選びたいですね。原作が文学作品であるならば、意図のない過剰な語の反復は、作品に傷をつける行為と言えます。

 また、ワープロの検索機能の利用もおすすめです。気になる語句があれば、自分がどの程度使っているか、間隔は何ページあいているかを検索機能で確認し、必要に応じて別の訳語に代えることができます。もちろん、類語辞典も大いに活用したいものですね。

(M.H.)