翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 《インタビュー》第1回 後半 ── 徳間書店児童書編集部 上村令さん

 徳間書店の子どもの本では、20周年記念プレゼントフェアを開催中です。下の写真のようなマーク(「と」びらから「くま」が顔を出して、王冠かぶってる絵)つきの帯についている応募券を集めると、特製のボールペンやクリアファイル、バッグがもらえます。応募期間は2015年10月末まで。詳しくは、徳間書店のサイト(徳間書店の子どもの本が創刊20周年! 「創刊20周年記念フェア」を開催いたします。)を参照ください。(ちなみに、この写真は、拙訳『ウェストール短編集 真夜中の電話』の帯です。)

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 では、上村さんインタビュー後半をどうぞ。

 

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《インタビュー》第1回 後半

 ── 徳間書店児童書編集部 上村令さん  

(2007年11月26日掲載記事 再録)

 

前回に引き続き、上村さんへのインタビュー後半をお送りします。聞き手は、翻訳者であり洋書の森サポーターでもある斎藤静代さんと、わたし原田の二人です。

 

良書とは?

斎藤:あるところで、上村さんの別のインタビュー記事を読んだのですが、「良書を出していきたい」という言葉がありました。良書とはどのような本を指すと思いますか?

上村:そうですね。良い本というのは、好き嫌いや感覚ではなく、やはりクリアすべき一定の基準があると思います。

 一つは作家のスキルの水準ですね。ストーリー展開や起承転結、登場人物の造型、絵本なら絵のスキルといった、技術的な基準をクリアしたもの、というのがまず一つ。

 それから、徳間の児童書の場合、みなハードカバーで値段もそこそこしますから、一度読んだら終わり、というものは出したくありません。手もとにおいて、二度、三度と読み返したくなる本、というのがもう一つの基準です。文庫本なら、一度読んで、ああ面白かったで終わり、という本もありだと思うのですが、徳間ではそれができませんので。

斎藤:英米のヤングアダルト小説に見られる、社会性、テーマ性についてはどう思われますか? 楽しめるものばかりではなく、啓蒙性のある本も「良書」なんでしょうか?

上村:あまり教育的な意図はもっていません。もちろん、いろいろな国の本を出していますから、世界にはこんなこともあるんだ、というのがわかる本を出す意義はあると思いますが、やはり、物語としてすぐれていなければならないと思います。ある問題を知らせるために本を出す、ということはしません。その判断は難しいとは思いますが。

原田:テーマ性があるものは、原書で読んだ時には強い引きを感じても、いざ訳してみると、ちょっとはずれかなあ、と思うことがありますよね。ああ、でも、徳間の場合はネイティヴのリーダーさんがいるから大丈夫ですね。

上村:ネイティヴの判断が仰げるのも、じつは良し悪しなんです。たとえば、原書では、とても生き生きした会話でストリートチルドレンの生活が浮かび上がっているのに、訳注をつけながら日本語にしても、それが全然伝わらない、なんてこともありますから。

原田:原書で読んだ時と翻訳している時では、かなり印象が変わってしまう作品がありますよね。訳してみて初めて、構成の緻密さや表現の深みを実感する場合と、その逆と。

斎藤:それに、訳を見直しているうちに、日本語の角がとれて、だんだん勢いがなくなっていったり。

上村:訳者として日本語の文体を整えていくという課題はあるでしょうが、基本的には原作者の文体をどこかに残すべきなんだと思います。訳者のくせはあるでしょうし、それは承知で翻訳を依頼しているんですが、それでも、なお、残る原作者の文体があると思います。

 たとえば、ロバート・ウェストールの作品八作は、結果的に六人の訳者さんに翻訳してもらったわけですが、それでも、なにか共通したものが残っていると思うんです。それが残れば成功と言えるんじゃないでしょうか。

 

企画をもちこむからには

原田:徳間の児童書編集部では、毎年、海外のブックフェアに出向いて情報を集めるのはもちろん、膨大な点数の海外児童書を、五十名にものぼるネイティヴスピーカーと日本人のリーダーに読んでもらい、さらに編集部内の話し合いの後に出版の可否を決定しています。

 これだけ手間をかけて訳書を決めている編集部も少ないのではないかと思いますが、このWEBマガジンを読んでくださっている皆さんのためにも、当編集部でのもちこみ企画の扱いについて教えていただけませんか?

上村:基本的には、もちこまれた企画も、他のソースから入ってくる原書と同じ扱いをします。本をお預かりして、あるいは、大切なご本の場合はコピーをとって、リーダーに読んでもらいます。ですから、検討結果が出るのにかなり時間がかかりますよ。それは、わかっていただきたいですね。

 面識がある翻訳者の方となら、本の内容についてやりとりもできますが、面識がないと、その方の知識や力量、仕事のやり方などがわかりませんから、やはり、原書をしっかり見極める、という作業をせざるを得ません。訳文への責任は最終的には翻訳者にありますが、本を出す責任はわたしたちにあるのですから。

 企画をもちこんでくる方は、みなさん、翻訳の仕事をしたいと思っているので、その熱意が、原書への過大評価に繋がる危険性があるんです。熱意と客観的な評価とはまったく別の問題です。端的に言えば、仕事が欲しいから、必要以上にその本をほめていないか、ということですね。

原田:徳間の児童書で、もちこみ企画から出版に繋がったものはあるんですか?

上村:最近では、この四月に出たルーマー・ゴッデン作の『帰ってきた船乗り人形』がそうです。これは訳者の、おびかゆうこさんが、以前、うちでほかのゴッデンの作品を訳していたということもあり、埋もれていたゴッデンの作品を発掘してきて出版に繋がった本です。ほかの原書と同じように、ふるいにかけた上で採用された企画なんですよ。

原田:もちこむ時に気をつけてほしいことはありますか?

上村:絵本と読み物では少し事情がちがいますね。絵本の場合は、もちこんでくる方が、版権のことや出版のルールをわかっていない場合が多いんです。じつは、評価の高い作家の絵本は、本になる前のダミーの段階で、すでに翻訳権の売買が成立していることが多いんです。そこまでは調べがつかないとしても、せめて、その時点では日本で出版されていないことくらいは確認してきてほしいですね。また、洋書売り場やネット上でかわいい絵本を見つけて、絵本くらい訳せるわ、というノリでもってくる人がいるんですが、それは絵本に対する認識が甘いと思います。

 それに比べて、読み物の場合は、翻訳という仕事がわかっている方のもちこみが多いです。ただ、いきなり来社されても、原書を読んでみないことには話もできませんから、まずは原書や企画書、冒頭の試訳などを送ってもらうことになります。その段階で、お返しせざるを得ないこともありますが。

斎藤:かなり、ハードルが高そうですね。面識がない人は、徳間さんへのもちこみはやめた方がいいんでしょうか?

上村:そんなこともないんですが、たとえば、ファンタジー作品などの場合、もちこんできた人が、今まで児童書を読んできた人かどうか、ということは重要です。ここは『ナルニア』に似てる、とか、ここは『指輪物語』と比べてどうだ、とかいう評価ができるわけですから。児童書は息が長い本が多く、昔の名作がまだ書棚に並んでいるわけです。これから出す本は、そういう本とも競合していかなければならないので、ジャンルの中でどんな位置を占める本か、というのは知っていてほしいですね。

 わかりやすく言えば、大人向けの本しか読んでいない人が、たまたま軽いファンタジー系の原書を読んで、「夢あふれる冒険ファンタジーです!」とか言われても困る、とまあ、そういうことです。

 そして、もっと困るのは、子どもの本は翻訳するのが簡単だ、と思っている人ですね。絵本にしても、読み物にしても、使える言葉が限られるわけですから、かえって難しいんです。そこがわかっていない人が多いんですよ。大人向けの本をきちんと訳せる実力がある人が、子どもの本ならではの制約を理解してとり組んでくださるのが一番いいんですけれど。そういう意味では、日常、子どもとの接触が多い人の方が向いているのかもしれません。

原田:子どもにわかる言葉、ということで言うと、日本の中高生くらいの言葉遣いについてはどうですか? 若い人がしゃべっている生きのいい言葉を翻訳に使う、というのはどうでしょう?

上村:その言葉が最低でも十年もつかどうか、と考えますね。子どもの本は長くもつものですから。そう考えると、もともと原作が、今の読者に受ければいい、というスタンスで書かれている本は、結局、うちでは出さないことになると思います。

原田:じゃあ、企画をもちこむ人は、そういう視点でも考えるべきですね。

 

 話は尽きないのですが、予定の時間が来てしまいました。上村さん、長時間、貴重なお話をありがとうございました。

(このインタビューは、2007年7月19日、徳間書店児童書編集部で行ないました。)

 

 とても楽しいインタビューでした。十五年近いおつき合いになるのですが、今回、上村さんの本作りにかける情熱や妥協のない姿勢を再認識することとなりました。わたしも負けてはいられません。楽な方へ流れようとする自分を戒めるいい機会になったと思います。上村さん、そして同行してくださった斎藤さん、ありがとうございました。

 そして、いずれまた、出版界で仕事をなさっている方をこの部屋にゲストとしてお迎えし、本作りにまつわる話をうかがってみたいと思っています。お楽しみに。(M.H.)

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 もちこみ企画のお話はとても参考になりますね。「かわいい絵本」の話は耳が痛い。(M.H.)