翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

翻訳勉強会(2−4)

『ペーパーボーイ』を教材にして6回目となった昨日の勉強会。物の描写はむずかしい、という話。

Paperboy

A chain on a porch swing clanked and soon a lady in a green housecoat was standing at the top of the porch steps with one hand on her hip and looking straight at me.

 1950年代のアメリカ、南部のメンフィスの住宅街です。新聞配達をしている少年が、ある家に新聞を届けた時の描写です。

 a porch swing とはいかなるものか? そしてどこまで説明するか? まずポーチがイメージできるのか。家の床が地面より高くなっていて、玄関の前に立つためには階段を上がらなければなりません。そして、玄関のドアの下端、つまり床の高さに、家の前面に廊下のように張り出した部分がポーチです。その玄関横の部分にブランコがある。だいたいは、二人がけのベンチ型のものがぶらさがっているものが多いようです。

 問題は、これだけの情報を、「ポーチのブランコ」と書いただけで、日本の読者が瞬時に頭に描けるかどうか、です。描ける人もいるでしょう。まったく描けない人もいると思います。昨日の勉強会では、すべてを説明したり、注をつけるのは無理だし、ある程度は読者にゆだねてもいいんじゃないか、というような話も出ました。

 

 a green housecoat も問題です。「ローブ」か「ガウン」か? 「バスローブ」はちがう? 「部屋着」じゃ、着古したトレーナーをイメージする読者もいるかもしれません。ここでは、たぶん、シルクかなんかの羽織るようなもののようです。これも、やはり、一語でズバリという訳語はむずかしい。人によってもっているイメージがちがうからです。「ナイトガウン」が近いように思いますが、これ、昼間の場面なんですよね。「ナイトガウン」は昼着ても「ナイトガウン」なのか?

 housecoat は、OEDによると、"a woman's long, loose, lightweight robe for informal wear around the house" だそうです。そう、この lightweigt が気になるんですよ。ローブやガウンは厚手の感じがするのはわたしだけでしょうか?

 

 当番だった、Oさんの訳。

玄関ポーチのブランコの鎖がガチャガチャ音をたてたと思うと 緑色のガウンを着た女のひとがポーチの階段の一番上に立って片手を腰に当ててまっすぐぼくを見ていた。

 すっきりしています。一般向けの作品ならこれでいい。ポーチも、ブランコの形も、知ってる人は知ってるし、知らない人は知らなくていい、と突き放せる。ただ、子どもの本の翻訳をずっとやっていると、どうしても説明を加えたくなってしまいます。

 

 で、わたしの訳。(あ、この作品、読点なし、というルールで訳しています。)

玄関前のポーチに吊ってあった長椅子型のブランコの鎖がきしんだかと思うと緑色の部屋着を着た女性がポーチに上がる階段の上に立っていた。片手を腰にあててまっすぐぼくを見おろしている。

 くどいかなあ。ただ、「ブランコ」と言えば。日本の中高生は100パーセント公園のブランコを思い浮かべると思います。幅20センチもない板が一枚ついてるだけのやつですね。ポーチの長椅子型(ベンチ型)のブランコは、この作品にこのあと何度か出てくるので、最初は少し重くなっても、はっきり形がわかる方がいいと判断しました。

    この「部屋着」は前開きで、はだけて目のやり場に困る、という描写がすぐ出てきますが、今思えば「ナイトガウン」のほうがよかったかもしれません。

 

 

『ペーパーボーイ』(ヴィンス・ヴォーター作、原田勝訳)は、岩波書店のYAレーベル、STAMP BOOKS より、7月上旬発売予定です。乞う、ご期待!!

(M.H.)