翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム「再」再録「原田勝の部屋」 第16回 リーディングのディテール(その1)

★リーディングとは、結局、原書を読むこと。そして、どこがどうおもしろいと思うか、思わないか、を文章にすること。(2017年08月12日「再」再録)★

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 リーディングとは、原書を読んで作品を評価し、それを報告、あるいはアピールするためのレジュメにまとめる作業のこと。出版社から依頼されて行なう場合と、自ら企画をもちこむために行なう場合があります。

 いろいろなやり方があると思いますが、わたしなりの方法をまとめ、3回に分けて書きました。

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 これは、わたしの「リーディング・ノート」。

 

 では、どうぞ。

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第16回 リーディングのディテール(その1)

(2009年6月1日記事、2015年再録)

 

 リーディング、あるいはレジュメ作成とはなにか、ということは、このコラムの読者の皆さんには今さら説明する必要もないでしょう。ですから、今回はできるだけ具体的な作業について、経験にもとづいた話をしてみます。

 リーディングという仕事を大まかに分解すれば、

  1. 原書を選ぶ。
  2. その原書を読む。
  3. レジュメにまとめる。

 という三つの手順を踏むことになります。この手順に沿って、わたしの思うところを書いていきますので、しばしおつき合いください。

 

読む本を選ぶ

 まず、原書を選ぶというスタート地点ですが、これには大まかに言って、二つの場合があります。まずは、出版社から依頼される場合、もう一つは、自分から出版社にもちこもうと思って(あるいは、面白かったらもちこむつもりで)読む場合です。

 依頼される場合は、あらかじめ出版社側が、こちらの得意ジャンルや好みを把握してくれていることが理想でしょう。もちろん、門外漢と思っていたようなジャンルの本を渡されて、読んでみたら以外に面白く、守備範囲が広がることもあるでしょうから一概に言えませんが、やはり最初から、この本は荷が重いなあ、と思って読むのはつらいものです。依頼元へはこちらの得意分野に関する情報をしっかり伝えておくことが大切です。

 また、場合によっては、出版社へ出かけていって、エージェントからもちこまれた本を何冊か見せてもらい、その中からフィーリングの合った本を選ばせてもらえることもあります。担当の編集者と翻訳者がお互いのことをよく知るようになるまでは、少しストライクゾーンを広くとっておく方がいいかもしれませんね。

 一方、自分で企画を立てる、つまり「もちこみ」をしようと考えている場合は、つまらないと思えば途中で読むのをやめてしまえばいいのですから、あまり深く考える必要はありません。ただ、読む本は面白いに越したことはありませんし、また、よっぽど読む速度が速い人は別ですが、ある程度時間をかけて読むからには、あとでがっかりすることのないよう、具体的な版権情報まではわからないとしても、邦訳されているかどうかくらいはあらかじめ確かめておくべきでしょう。

 さらに、「当たり」の確率を上げるためには、海外の書評紙やアマゾンのレーティング、各種文学賞の受賞歴などを調べておくべきです。もちろん、原書の評価が高いものは、すでにどこかの出版社が版権を取得していて、訳者も決まっている場合が多くなりますが、それはそれで、自分の得意ジャンルの知識が増えると思えば、損はありません。

 

本のあらすじ、憶えていますか?

 さて、こうして読む本が定まり、いよいよ読みはじめるわけですが、問題は、どうやって本のあらすじやキャラクター、背景などを憶えておくかです。わたしは記憶力にまったく自信がなく、日本語で書かれた本でも、ただ読んであらすじをまとめろと言われたら、できるかどうか怪しいと思います。

 ですから、リーディングとして読む本はメモをとりながら読みます。原書がまだ製本されていないプルーフの段階で、「書きこみOK」「返却不要」の場合は、直接マーカーで印をつけたり、鉛筆で下線を引いたりしてしまうこともありますが、ちゃんと本になっている場合は無傷で返さなければなりませんから、ノートにメモをとります。ある翻訳者の方に尋ねたら、付箋を貼りながら読むとおっしゃっていましたが、わたしはとてもそれだけでは思いだせません。

 ノートは小さめのA5版、罫の幅が狭いものを選びます。なぜこの大きさかと言うと、電車の中や自宅のリビングでも、椅子に座って膝の上に広げ、その上に原書を広げて読み、適宜、本の上にノートを出して書きこみができる大きさだからです。罫が細いのは、一ページにできるだけ多くの情報を書きこめるようにするためです。翻訳の勉強を始めた頃は週五日、今でも、週に最低二日は電車で通勤していますから、車内でリーディングの本を読むこともあります。

 では、なにをメモにとるかですが、概ね以下のような事項でしょうか。

                1. 各章のタイトルと始めのページ
                2. 登場人物の名前、年齢、相互の関係
                3. 舞台となる場所、年代などの背景
                4. できごと、主人公の行動、感情など、いわゆる「あらすじ」
                5. 途中で感じた感想

 1. は、出版社によっては章タイトルとページ数をレジュメに記載するよう求められることがあります。また、章の始めのページを控えておくと、この作品は本筋に入るのが遅すぎるな、とか、思ったよりこのあたりにページ数を割いていたんだ、とか、分量的なことが正確に記録できます。

 2. や3. は初出の時にしっかりメモをとらないと、あとで捜すのが面倒ですし、確認することが多いので、書いたメモに下線を引いたり、○で囲んでおくと便利ですね。4. は、とにかくストーリー展開に関わると思ったことをメモしていくのですが、これをしていると作者の書き方がよくわかります。たとえば、細かい情景描写や心理描写が多い割にストーリーの展開がシンプルだとメモの量が減り、逆に、作者が伏線を張ったり、複数の視点で書いたりするタイプだと、あとでどう繋がるかわからないので、メモの量が増える、ということになります。こういうことからも作品の特徴がつかめます。

 5. の感想は、上下左右の余白部分にキーワードとなる語句を書いておきます。レジュメの感想部分をまとめるには、これがけっこう役立ちます。

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 今でこそ簡単そうに言ってますが、最初のうちは、どの程度メモをとるかでずいぶん苦しみました。「てにをは」を考えてきちんとした文章にすると、メモをとることに追われて読む速度が落ちますし、かといって、キーワードだけメモしたつもりで、あとでレジュメを書こうとしたらさっぱりわからない、ということもありました。

 これは、各自やりやすい方法が身につくまでやってみるしかないと思いますが、わたしの場合、結局、「原書一ページあたり、メモはノート一行」という目安に落ちつきました。まあ、これは、主として過剰なメモを防ぐための自己規制で、あまり理屈はありません。ただ、手元にある中横罫のA5版ノートでは、一ページに二十八行ありますから、三百ページの原書を読めば、ノート三百行のメモ、すなわち十ページ強となり、五回ノートをめくれば、全体が読み返せる長さになります。もちろん、ややこしいところは一行ではおさまりませんし、特にメモをとる必要のないページもありますから、原書のページ数とメモの行数の割合は一定しませんが、まずまず、読み返すのにちょうどいい分量に収まることが多いのです。

 

自分なりの方法を

 こうして今まで書いてきた「リーディング・ノート」なるものが、わたしの仕事部屋の書棚にありますが、数えてみると1994年の2月から始まって十七冊になりました。最近では、レジュメの対象として読む本は年に数冊しかありませんが、やはり、こうしたノートを作らないと、あとでレジュメが書けません。わたしの場合は、このやり方が機能しているということになるのでしょう。

 でも、もしかしたら、これは恥ずかしいことなのかもしれません。登場人物の名前や年齢くらいはメモするけれど、あらすじはレジュメにするまでちゃんと憶えてるよ、という人もいらっしゃるのでしょうね。でも、きっと読者の中には、わたしのような人もいるはずで、そういう方々の参考になれば、と思って書いてみました。

 とにかく、どんな方法でも、読んだ本の内容が把握できればいいわけで、みなさんもいろいろ工夫してみたらいかがかと思います。いつも家で読む人は、パソコンでメモをとった方が早いかもしれませんし、原書一冊、丸ごとコピーして、そこに印をつけるやり方もあるでしょう。方法を問わず、内容を過不足なくつかむための具体的な手順をもっていれば、ブレのない読みができるのではないでしょうか。

 もちろん、それ以前の問題として、力のある本はこちらの胸にぐいぐい迫ってくるでしょうから、細かいことを抜きにして、心が動かされたかどうかが一番大切なことでしょう。わたしの場合、メモをとらずに自分で勝手に読んだ本が面白いと、レジュメにするために、もう一度読みなおしてメモをとることもあります。「面白い」と書くだけでは、レジュメにならないからです。

 次回は、ノートからレジュメへのまとめ方について書いてみます。

(M.H.)