翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

翻訳勉強会(6ー4)

『ライラエル』の続きです。

 章の冒頭はリズムよく入り、読者に「さあ、この章はどんな展開があるんだろう」と思わせたいですね。

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 今日は、久しぶりに、当番の方とわたしの訳を比較しながら思うところを書いてみます。

 

Chapter Eleven

Search for a Suitable Sword

 

   The walk that Lirael and the Disreputable Dog took that day was the first of many, though Lirael never could remember exactly where they went, or what she said, or what the Dog answered.

("Lirael" by Garth Nix, Harper Collins Publishers, 2001, p.102 )

 

  第11章の冒頭です。当番の方の訳は、

   第11章 魔法の剣

 その日、ライラエルは〈不評の犬〉と散歩に出かけたが──このあとなんども一緒に散歩に行くことになる──どこに行き、犬になにを質問し、どんな答えが返ってきたか、はっきりとは思い出せなかった。(Aさん)

   十一章 しかるべき剣を求めて

 それからというもの、ライラエルは不評の犬を連れてよく散歩するようになったが、初めて散歩したのはその日だ。けれど、どこへ行ったか、自分で何て言ったか、犬がどう答えたか正確には思いだせなかった。(Bさん)

 まず、章タイトルのテイストがちがうのが面白いですね。各章のバランスもありますので、あえて原文に忠実でない処理の仕方をしたり、あるいは、もともと章タイトルがないものに、日本語版で新たに加えたりすることもあります。けっこう好きな作業。この部分だけで良し悪しを判断することはできません。趣味の問題もあるし。

 

 さて、内容ですが、お二人とも、最初の部分の "... was the first of many" の処理に苦心のあとが見られます。Aさんは、ダッシュを使った挿入で処理しました。方法としては原文を生かせますし、ある意味正確ですが、リズムがとぎれて読みづらくなることがあります。

 Bさんは「……はその日だ。」というように、一度、句点で区切りました。こういうやり方もあります。「その日」というのは、前章の最後を受けているので、続けて読んでいる読者にはわかるようになっているのですが、冒頭の「それから」と「その日」という指示語のダブりが少し気になりますね。

 

 原田訳はこうなっています。

   第十一章 ふさわしい剣はどこに

 その日から、〈不評の犬〉とは何度も散歩に出かけることになるが、ライラエルは最初の散歩でどこへ行き、なにをしゃべり、犬がどう答えたか、どうしてもはっきりとは思いだせなかった。(『ライラエル』主婦の友社、2003年、p.142)

 

 少しコンパクトにできたのではないかと思います。ポイントは二つ。

 一つ目は、お二人とも主語の「ライラエルは」を前に出したことで、うしろの部分に息が続かなくなっていることがあげられます。物語はすでに中盤にさしかかり、語りの主体や視点などは、すでに読者は慣れています。ですから、拙訳のように、しばらく主語なしでも読者はだいじょうぶ、ついてきてくれます。ただし、こういう感覚は、作品全体を通して訳していて初めて実感できることで、勉強会の課題として訳せと言われると、なかなか気づかないところだと思います。

 もう一つは、"where they went, or what she said, or what the Dog answered" の処理です。この従属節の三連発は、主語が全部異なります。Aさんは、うまく主語を省略していると思いますが、もっとコンパクトにできる。Bさんは、主語を残して正確を期しましたが、英文の「トントントン」× 三連発のリズムは失われてしまいました。

 

 ひとことで言えば、どの語を省略できるか、ということに尽きると思います。

 

 と、偉そうに書いていますが、15年前のわたしの訳文は、勢いにまかせてところどころ不正確で、反省しています。いや、長い作品なので(なんと、日本語版は665ページ!)スピード感が大切で、むにゃむにゃ……。

 

(M.H.)