Zoom は、マツダの宣伝で Zoom Zoom と使われているように、「ブーン、ヒューン」みたいな意味もあれば、ズームレンズのズームの意味もあるのだけれど、今や、インターネットの会議ツールの方が有名かもしれない。
4月に入り、コロナの影響で、塾の授業が Zoom になり、翻訳勉強会も Zoom でやることになりました。すでに、何回か使ってみて、不思議な感じがしています。まあ、生徒たちも勉強会のメンバーも、すでにリアルで会って顔を知っているということもあるのでしょうが、画面にこっちむいた顔が並んでいると、なんだかリアル授業より親近感を感じるのは自分だけだろうか?
(少し前に撮ったもの。いつもの散歩コースにて。中学校の入学式に親は出られなかったのでしょうか。桜の下で親子で記念撮影。)
エアメールで作家とやりとりした経験があり、イラクでは毎日テレックスオペレーターに原稿を渡していたし、バスラのPTTから1人3分制限の国際電話をかけたこともあり、シベリアから電報で(!)業務報告していたこともある世代としては、メール(電子メール、とはもうだれも言わなくなった……)だけでもすごいツールだと思うのだけれど、自宅からインターネットで授業や勉強会ができるなんて、まるでSFのよう。逆に、これが十年前だったらどうしただろう? きっと手紙での添削にしたんだろうな。あ、今でも生徒には、添削した答案を郵便で送り返していて、これもいいんじゃないでしょうか。ポストに自分あての封書が入ってるのは悪くないと思うのですが、生徒はそうも思ってないか……。
おとといの勉強会では、夜だったこともあり、ビールで乾杯してからおしゃべりをしました。しばらくは勉強会も Zoom でやります。ホストは自分のパソコン画面をみんなに見せることができるので、ふだんの作業環境や、原稿や、みなさんの訳文を画面に写して喋れるのがおもしろい。これはいつもの勉強会ではできませんからね。
そうだ。今朝、すいぶん前に問い合わせをしていたイギリスの原作者さんからメールが来ました。彼の地もコロナ騒動で、HPに出した私のメールに気づくのが遅れたとのこと。でも、つながってよかった。
家にいても、工夫して、人とつながっていたいものです。
(M.H.)