翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

『戦争と児童文学』(繁内理恵著、みすず書房)

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 著者の繁内さんは大阪府の公立図書館の職員で、2005年から「児童文学書評ブログ、おいしい本箱 book cafe」に書評を書いていらっしゃる方です。

【 児童文学書評 おいしい本箱 book cafe | 児童書・YA・絵本、もちろん大人の本もたくさん紹介します。】

 月刊「みすず」に連載されていた戦争と児童文学についての評論を一冊にまとめたのがこの本。

 

 以前、このブログで拙訳『弟の戦争』について書いてくださった月刊「みすず」の記事を紹介したご縁で、版元のみすず書房さんから送っていただきました。

haradamasaru.hatenablog.com

 

 ちゃんと読んでからこのブログに書こうと最初は思っていたのですが、とりあげられている児童文学10編のうち、読んだことがあったのが『弟の戦争』と、やはりウェストールの『”機関銃要塞”の少年たち』しかなかったので(『火を喰う者たち』は読んだかもしれない……)、もう少し読んでから、と思っておいていました。でも、ぐずぐすしているうちに、紹介できなくなりそうで、とにかく本書の紹介だけでもしておこうと思います。

 

 とりあげられている作品は以下のとおり、

『彼岸花はきつねのかんざし』(朽木祥)

『八月の光 失われた声に耳をすませて』(朽木祥)

『第八森の子どもたち』(エルス・ペルフロム、野坂悦子訳)

『”機関銃要塞”の少年たち』(ロバート・ウェストール、越智道雄訳)

『弟の戦争』(ロバート・ウェストール、拙訳)

『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子)

『象使いティンの戦争』(シンシア・カドハタ、代田亜香子訳)

『戦場のオレンジ』(エリザベス・レアード、石谷尚子訳)

『火を喰う者たち』(デイヴィッド・アーモンド、金原瑞人訳)

『ほろびた国の旅』(三木卓)

『片手の郵便配達人』(グードルン・パウゼヴァング、高田ゆみ子訳)

 さらに、各評論内で、同じ作家の別作品のことにふれたりもしていて、緻密な読み込みと分析がなされていることがうかがえますし、巻末にはそうした作品もきちんとリストアップされています。さらに、「ブックリスト」として「本文で紹介することのできなかった日本や海外の児童文学・ヤングアダルトを、親と子が一緒に読める本から始めて、ゆるやかに対象年齢に沿って」並べた表がついています。これ、簡単にはできない作業で、頭が下がります。

 

『弟の戦争』、『”機関銃要塞”の少年たち』の評論を読みましたが、作品の構成を分析し、一部を引用し、また、別作品と比較対照しながら肉付けしていく、とても緻密な文章で、文学評論としてもすぐれていると思いますし、また、抑えた言葉の中に、繁内さんの思いがにじみでています。この本の編集者であるみすず書房の成相雅子さんからいただいたお手紙では、「等身大の、生きた言葉で書かれた」と紹介されていましたが、まさにそういう感じ。

 

 さらに、あとがきにこめられた繁内さんの児童文学への思いは胸を打ちます。

「子どもたちは自分で声をあげることができません。児童文学の作家は、彼らの声に、聞こえない胸の内に耳をすませます。彼らの行く手に、目をこらします。とりわけ、戦争という途方もない怪物に対峙するのは、児童文学作家にとって気が遠くなるほどの労苦と恐れに満ちたことに違いないのです。それでも書かずにいられない、作家たちの祈りや願いを、少しはくみ取れただろうか。借り物ではない、心の芯に響く言葉にすることができただろうか。」(本書、265ページ、あとがきより)

 そして、また翻訳者としての自分は、作者の思いをどれだけ日本の子どもたちに伝えられているだろうか、と考えないわけにはいきません。今翻訳中の本も、やはり、戦争と子どもを描いた作品。気合を入れて訳します。

 

 

 

 紹介されている本を一冊でも多く読もうと思い、まずはこの本ができるきっかけになったともいえる、『片手の郵便配達人』を購入しました。読むぞ。

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(M.H.)