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翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 第31回 本の力

 東日本大震災からすでに4年の歳月が流れてしまいました。いや、まだ4年しか経っていないのに、わたしたちの記憶が風化していく速さに危機感をもつべきなのかもしれません。

 本には、戦争や災害や事件を活字として記録にとどめ、再現し、あるいは別の形で評価したり、昇華したりして、後世に伝えていく力があります。そうした力を信じて、訳書の選定や翻訳作業そのものをしていきたいと思います。

 

 本を通じた支援活動で、2015年6月現在も行われている活動をご紹介しておきます。

 

 BOOKS FOR JAPAN 東日本大震災支援プロジェクト~本で今できることを~

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 走れ東北!移動図書館プロジェクト

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第31回 本の力

(2011年4月18日掲載記事 再録)

 

 読者の皆さんの中にも、今回の地震で被災された方がいらっしゃるかもしれません。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申しあげるとともに、被災地の一日も早い復興を願うばかりです。

 あの日、わたし自身は非常勤で勤めている都内の学習塾にいました。大きな揺れで少し怖い思いもしましたが、建物にはこれといった被害はありませんでした。生徒たちに休講の電話連絡をしたあと、夜、都心の幹線道路沿いの歩道を黙々と徒歩で帰宅する人たちの列に混じり、泊めてもらうことになった同僚宅まで歩きましたが、その時はまだ、どこかで非日常を楽しむ不謹慎な気分があったことは否めません。しかしその後、しだいに東北地方の被害が明らかになるにつれ、とんでもないことが起きてしまったのだと知りました。

 

被災地に本を

 翌日にはもう、募金や援助物資を送る活動が始まり、現地へ赴くボランティアの人たちの動きも報道されていました。自分でもなにかできないかと思っていたところ、被災地の子どもたちに絵本や児童書を送る活動がいくつか立ち上がっていることを知り、子どもの本の翻訳に携わる身としては、できるだけのことをしたいと思いました。

 そこで、自分が翻訳した本の在庫を調べてみると、あいにく、すでに寄贈したり、処分したりで、残りが少なくなっています。さらに、当然のことながら、送る作品は子どもたちに元気を与えるものでなければなりません。避難所で生活している子どもたちに、読んでつらい思いをする本を送るわけにはいきませんからね。ところが、そういう目で見ると、自分の訳書には被災地に送れる本があまりないのです。

 このことには前から気づいていましたが、わたしの訳書は深刻な話が多いのです。仕事はいつも、原書が面白いと思ったものを引き受けてきましたから、これはわたしの嗜好のようです。前にもこのコラムに書きましたが、戦争や差別にまつわる物語を何作か訳していますし、今とりかかっている作品もホロコーストに関する物語です。ホラータッチの小説も二作やりました。ファンタジーはどうか? ガース・ニクスのシリーズを二つ訳していますが、『古王国記』ではゾンビのような連中がぞろぞろ出てきますし、主人公はネクロマンサー、つまり死霊術師です。あと二作残っている『王国の鍵』シリーズは、架空の世界が真っ黒な津波に呑みこまれる場面があり、とても被災地へは送れません。

 自分はいたって明るい人間だと思っているのに、面白いと思う原書は、どうしても深刻で重いタッチの本になってしまいます。いや、正確に言えば、深刻な状況でも前を向いて進んでいく主人公が描かれている作品ですね。そう考えれば、被災地へ送ってもいいのかもしれませんが、やはり今すぐは無理でしょう。もう少し時間がたち、皆さんの住む場所が決まり、学校が再開して授業が始まり、子どもたちの心が落ちついてからにしたほうがよさそうです。

 

どんな作品を訳したいか

 このことをきっかけに、いったい自分はどんな作品に惹かれるのか、意識的にせよ無意識的にせよ、なにを読者に伝えたいと思っているのか、考えてみました。

 わたしの敬愛する作家の一人に、アメリカのYA作家、ロバート・コーミア(1925-2000)がいます。彼はいつも、「自分の記憶の中の感情を出発点とし、読者の感情を動かす作家でありたい」と願っていました。最初にこの言葉を知った時、わたしは、これだ、と思いました。自分が翻訳したい作品の定義を教えてもらった気がしたのです。こういう本を紹介したい、日本の、とくに若い読者に読んでほしいと思いました。

「感情」とは、喜怒哀楽、妬みや恨みであり、さらに、感覚や生理に近いものを加えるならば、恐怖や安堵や色欲などもそのうちに入るでしょう。わたしはとくにこうした感覚的、生理的なものを原書に感じとった時、それを日本の読者に再び感じてもらいたい、もし感じてくれたなら、それは翻訳の成功ではないか、と思っている節があります。

 本の不思議なところは、物質的には紙の上に乗っているインクの列にすぎないのに、読んだ人間の感情が動き、時には声をたてて笑ったり、涙が止まらなくなったり、欲情を覚えたりすることです。コーミアの言う「読者の感情を動かす」というのは、作家の根源的欲求かもしれません。しかし、これには危うさがあって、単に扇情的な上辺だけの作品が生まれてしまう恐れがあります。われわれ訳者にも、誤ってそのような原作を評価し、再現を試みてしまう危険性があります。原書のニュアンスを読み切れず、センチメンタルな雰囲気にだまされてしまうわけですね。

 ですから、コーミアの言葉につけ加えるならば、読者の感情を動かすだけでなく、その感情が静まった後、「読者を考えさせる作品」あるいは「行動に駆りたてる作品」を選び、翻訳したいものだと、わたしは潜在的に考えてきたように思います。その結果、どうしてもテーマ性の強いもの、主人公が苦境に立たされる物語が増えてしまいます。もちろん、エンターテインメント性やスピード感なども大切ですが、これらは結果として読者の感情を動かすための仕掛けであると言えます。

 また、視点を変えると、軽妙なタッチの作品にあまり食指が動かないのは、じつは原書のニュアンスが読みとれていないからなのかもしれません。喜劇は繊細なバランスの上に成り立っているもので、悲劇より伝えづらいものなのでしょう。笑いや皮肉は言語や文化そのものに立脚し、恐怖や怒りはその枠を越えやすいのだと思います。この先、わたしの訳書にコメディタッチの作品が混じってきたとしたら、それは、わたしの英文読解力が上がったしるしかもしれません。

 

本の力

 というわけで、被災地の子どもたちへは、すぐに本を送ることはできそうにありません。まず医療や食料、住居などに回る義援金を少しでも、と思います。でも、本の力は信じています。すぐれた物語や絵には、人を励まし、動かす力がほんとうにあるのです。今まで訳してきた本や、これから訳すであろう本が、若い読者の心を動かし、考え、行動するきっかけになってくれることを信じています。

 ああ、そうだ、いい作品に欠かせないものを一つ忘れていました。ユーモアです。つらい状況の中で登場人物たちが発揮するユーモア、これがあると、作品はしなやかに、そして強くなります。しばらくは被災地も日本全体もつらい状況におかれるでしょう。節度をもった行動が求められると思います。でも、ユーモアを忘れずに日々を送りたいものです。

(M.H.)

 

 今回の地震により、被災地の学校図書館や公共図書館の蔵書が甚大な被害を受けています。従来から限られた予算で運営している図書館が、今後、ますます厳しい状況におかれのではないかと想像します。子どもにとっても大人にとっても、地域で本を共有する施設として、図書館の存在意義は大きいと思っています。以下に図書館復興を目的とした義援金募集を紹介いたします。

 『社団法人日本図書館協会』内、「東日本大震災義援金」(期間 五月末日まで)

 『全国学校図書館協議会』内、「東北地方太平洋沖地震 学校図書館復興の募金」

(*上記募金は、いずれもすでに行われていません。2015年6月追記)