翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

読書会『宝島』── 訳者でこんなにちがう!

 昨日は川越の絵本カフェ「イングリッシュブルーベル」( Ehon Cafe - English Bluebell - )さんで、2ヶ月に一度の古典児童書を読む会がありました。

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『宝島』といえばラム酒でしょ。ということで、店主のKさん、この日はラム酒ベースのココナッツリキュール「マリブ」のカクテル、「マリブ・モヒート」を作ってくれました。甘いけれどすっきりとおいしいお酒でした!

  で、本題の『宝島』ですが、スティーブンソンの名作ですから、翻訳も、抄訳や翻案を含めれば10作、20作じゃきかないくらいたくさんのバージョンがあります。作者の名前「スティーブンソン」の表記ですら何通りもあるらしいです。スチーブンソン、スティーヴンスン、などなど。

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 2作、3作比較して読んできた方もいらっしゃいました。評価の高かったのは、1994年の偕成社文庫の金原瑞人訳。次に1960年代の訳だと思うのですが、岩波少年文庫の阿部知二訳でした。わたしは、師匠である金原先生の訳を読んでいったのですが、とても読みやすい訳で、今の子どもたちにも読めるタッチになっています。さすが金原先生。ほかに金原訳を読んできた人たちも、スピード感があってわくわくしながら読める、と言う方が多かった。わたしは読んでいないのですが、岩波の阿部知二訳も、少し古いけれど名調子だ、という意見が。

 出だしから、トリローニさんの身分 "squire" を「郷士」とするか「地主」とするかでちがいます。自分だったらどうするか、と考えると、わかりやすいのは「地主」ですが、社会的な身分がイマイチ表現しきれていないので、「郷士」としたくなるでしょうね。でも「郷士」ってなんだかわからないからなあ。

 主人公の少年ジムも、「わたし」か「ぼく」かで、それぞれの訳者の個性が出ています。回想ととれば「わたし」、物語に入りこめば「ぼく」ですね。ま、これは「ぼく」かな。物語の最後の一文も、原作どおり、「8の字銀貨、8の字銀貨!」という、オームの〈フリント船長〉の鳴き声で終わるのかどうかのちがいがありました。

 金原訳は「地主」で若い読者にわかりやすく、「ぼく」で物語の中に入り、締めは「8の字銀貨!」を最後にもってきて、原文どおりの語順で処理しています。これが今の文芸翻訳・児童文学翻訳の流れだと思います。今の、といっても、金原先生が訳したのは20年前ですがね。

 

 それにしても、いくら古典とはいえ、こんなに訳のバージョンがあるのは珍しいのではないでしょうか。みなさん、おもしろがって、ここの訳はどうだ、こっちはどうなってる、と比べ読みして盛りあがりました。原書まで用意されていて、英語ではどうなっている、という確認も……。ぱらぱらと原文を見てみると、1883年の作ですが、英語は平易で、読める人は原書を読むのがいちばんかもしれません。日本語のほうが、この100年ちょっとで大きく変わっていますし、古い翻訳は50年くらい前のものだと思うので、訳によってはかなり読みにくかった、という声もありました。ほかの訳者の訳は、訳された時代が少し古いか、名作である原典を尊重しすぎて、若い読者のことを考えていないか、どちらかだと思います。

 しかし、「◯◯版は読みづらい」「◯◯版は途中でやめた」などという言葉が飛び交って、翻訳者としては複雑な気分でした。『宝島』ほどの古典になると、そうそう原文からの逸脱もできず、そもそも日本にない文物や習慣が次々に出てくるわけで、大変だよなあ、と思います。それでも、こうして読者にやさしい金原訳を読んでみると、とくに古典児童文学は訳し直す意味があると感じました。

 

 挿し絵の話。偕成社文庫の金原訳は、挿し絵が佐竹美保さんで、いい絵だなあと思っていたら、福音館文庫の寺島龍一さんの挿し絵が抜群でした。佐竹さんの絵は、構図が大胆で想像力をかきたてるアートですが、寺島さんの絵はとても具体的で、なるほど、こうなってるのか、というのが一目瞭然。寺島さんのような挿し絵は、『宝島』のように時代を遡った外国文学で、しかも帆船の各部などが出てくる作品では、ほんとうに助かります。

 

 物語の中身については、ジム、シルバー、リブジー先生、トリローニさん、ベン・ガン、など、登場人物のキャラクターがしっかりと際立っているのが印象的。片足の海賊シルバーは、ころころと態度を変えていく処世術に長けた男で、こういうキャラクターを描き切るのはむずかしいと思いますが、19世紀の作品にして、スティーブンソンはすでにそれに成功しているところがすごい。けっこう、人がたくさん死ぬのですが、(訳がよければ)ぐいぐい読めて、ご都合主義のところもあるけれど、ジムと一緒に大冒険ができます。参加者はわたし以外みな女性なのですが、子どものころの愛読書だった、という方もお二人。男の子むけと決めちゃいけませんね。こういう冒険活劇は、新しい作品がもっと出てきてもいいと思うのですが、どうでしょう。

 

 

 昨日の「イングリッシュブルーベル」前のピンクサマースノー。見頃でした。

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(M.H.)