翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

『バンビ』──古典児童書を読む会

 昨日は川越の「イングリッシュブルーベル」さんで、古典児童書を読む会でした。課題本は『バンビ』。そう、あのディズニーアニメで有名なバンビ。原作はハンガリー生まれのユダヤ人で、オーストリアからアメリカに亡命した作家、フェーリクス・ザルテンです。原作はドイツ語ですね。

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(この日のおやつは、バンビみたいに草を食べるわけにはいかないので、店主のKさん、全粒粉のクッキーとレモンバーベナのティーを用意してくれました。ちょっぴりバンビの気分。)

  ディズニーのアニメ映画を見たか、といえば、見ていません。愛らしいバンビと蝶が遊ぶシーンは知ってます。「こじ〜かの、バンビ〜は、かわ〜い〜なぁ〜」という歌は、今回調べたら、日本で作られた歌だそうです。ともかく、かわいいイメージの映画と違って、原作はとてもシビアなお話。

 自然界の弱肉強食のシステムの中で、子鹿が成長し、長老鹿、というか、隠遁した聖者みたいな老鹿の薫陶を受けて、その後継者となっていきます。途中で鳥や動物たちは、食物連鎖の中であっさり死んで食べられたりしちゃうし、発情期や子育てや四季を生き延びる知恵や、動物たちの生きるリアルがかなり具体的に描かれているのです。そして、そこに出てくる人間たちは、彼ら野生動物を狩る恐ろしいやつらとして描かれます。第3の手に見える鉄砲の破壊力たるや……。

 というわけで、自然の摂理とか、人間の横暴とか、自然保護とか、生きるということは、とか、かなり哲学的な部分もあり、でも、描写はとても具体的で、読む人の年齢や知識によって、どこまで受け止められるかが変わってくる作品でした。なので、子どもたちに勧めるときは、人を見て、ということになりそうです。

 

 岩波少年文庫の『バンビ』。旧版は1952年の高橋健二訳です。出だしの訳文を。

「  1 生れ出たバンビ

 その子は茂みの奥で生まれました。森の、あの小さい、ひと目につかないへやの中でした。ちょっと見ると、どちらにもつつぬけのようでしたが、どちらからもちゃんとさえぎられていました。」

 

 新版は、2010年の上田真而子訳。

「  1 森の小部屋で生まれる

 その子鹿は、森の茂みのなかで生まれました。どちらへも開けているようなのに、どちらからもおおわれている、小さな隠れ家のような部屋でした。」

 

 言葉は違うし、上田さんの方がすこし短いのですが、ほぼ同じ情景が浮かびます。言葉って面白いですねえ。動物たちのせりふもたくさんあり、また、自然の描写だけでなく哲学的なところもあって、訳者は大変だと思います。作品の性格づけがむつかしいように感じました。あ、章見出しは新旧でだいぶ異なります。たぶん、原作は数字だけで、見出しはないと思います。見出しを考えたこと、わたしもありますが、けっこう面白い。きらいじゃありません。

 

 

 あ、挿絵、いいですよ。新旧どちらもハンス・ベルトレさんの線画。ネットで調べたら、英訳版はまた別の絵だったような……。上の新版のカバー絵は、菊谷詩子さん。

 

 ちょっとだけ挿絵。

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 古典の力と、今、どういう子どもに勧められるのかなあ、と考えさせられる作品でした。店主のKさんは、「あの子なら……」という子を選んで渡す作品、とおっしゃっていました。出版点数が増えている今、そういう司書さんの力が大事なのに、学校も地域も、図書館の民営化、司書の兼任など悪いニュースばかり。いったいこの国は、未来を託す子どもたちの教育をなんだと思っているのか?! ……ちがう方に行きそうなので、この辺で。

 

(M.H.)