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翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

翻訳勉強会にて(4)

翻訳勉強会

 水曜日に、今年初めての翻訳勉強会がありました。皆さん、年が明けてますます前向きで、細かいところで改めて考えさせられました。

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「気まずい沈黙」

 この日あつかった部分に"an awkward silence"という表現が出てきました。いわゆる「気まずい沈黙」ですね。この解釈をめぐっていろいろ話が出ました。どういうことか、少し説明します。

 生垣の外でデート中の若い男女が話をしています。それを盲目の主人公である年配の男が庭にいて存在を気づかれずに聞いています。あれこれ男女のあいだで会話が交わされて、その後、"There was a long awkward silence." があります。こういう場合の awkward は、「人に気まずい思いをさせるような、困らせるような」という意味なのですが、問題は、だれが気まずい思いをするかでした。若い男女なのか、それとも目の見えない主人公なのか。描写の起点は、基本、この主人公の男性にあります。

 わたしは、その少し前の場面で、女性が男性をとがめるようなセリフを言っているので、二人が互いに気まずく感じた、ととっていました。描写の起点は男性にあるとはいえ、こういう時にはよく作者の視点がぶれてしまうことがあるからです。

 ところが、沈黙の直前に、女性は男性の髪をほめ、「あなたの髪を手ですくのが好きよ」などと言っているのです。ということは、この沈黙の間に、男女がいちゃついているのを察して、盲目の主人公が「気まずい」というか、「気恥ずかしい」思いをした、ととるのが正解でしょう。

 

 家に帰ってきて、どうして最初からそのことに気づかなかったのか考えてみました。おそらく、an awkward silence を辞書の例文で見た時に必ずといっていいほど出てくる「気まずい沈黙」という日本語は、ふつう、会話を交わしている者同士で感じあう気まずさを言っているので、そういう先入観があったこと。さらに、この沈黙のあとに、また女性は男性の行為をとがめている場面が続くということもありました。ですが、やはり、その前からの続きで見れば、この箇所の an awkward silence は「気まずい沈黙」ではなくて、「声が聞こえなくなったせいであれこれ想像して、こちらが気恥ずかしくなる沈黙」だと思います。

 

 先入観はおそろしい。

 もともと、awkward はやっかいな言葉です。手元のランダムハウスの主要な訳語は、「1. 不器用な、下手な、不手際な、未熟な、2. 使いにくい、不便な、3. ぎこちない、まごまごした、自信がない、洗練されていない、無骨な、ぶざまな、すっきりしない、4. 注意を要する、危なっかしい、危険な、5. 扱いにくい、始末に困る、難しい、困った、熟練を要する、6. 人を困らせる、まごつかせる、間の抜けた」などとなっていて、「何・だれ」が、「何・だれ」に対して awkward なのかをよく気をつけていないと、意味をとりちがえてしまう単語だということがわかります。「やっかいな」というのが、いちばん広く意味をカバーしてくれるのかもしれません。

 

 What an awkward word "awkward" is! 

 

(M.H.)