翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

読書会『飛ぶ教室』

 月曜日は、奇数月にひらいている、海外の古典児童書を読む読書会でした。課題本は、エーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』。

飛ぶ教室 (岩波少年文庫)

飛ぶ教室 (岩波少年文庫)

  • 作者: エーリヒケストナー,ヴァルター・トリアー,Erich K¨astner,池田香代子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2006/10/17
  • メディア: 単行本
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  わたしは、子どものころではなく、おそらく、大人になってからこの作品を読んだような気がします。中身はすっかり忘れていましたが、とにかく、おもしろい、という記憶だけありました。再読してみて、やっぱりおもしろい!

 ドイツの寄宿学校の話で、個性的な男の子たち(日本で言えば中高生)と、それを暖かく見守る先生たちの物語です。出席者の皆さんは、多くの方が、自分自身の学校時代、子供時代の記憶と重ね合わせて感想を語っていらっしゃいました。

 細かい話はとても書ききれません。また、ケストナーがこの作品にこめた想いも、当時のナチス台頭下でのドイツの事情がからみ、わたしが今回読み取れたものの何倍もの重みがあるのだと思いますが、力不足で語れません。ケストナー、もう少し、作品を読み、作者のことを知らなければいけないと感じました。

 

 今回、主な話題のひとつになったのは翻訳のこと。

『飛ぶ教室』は、現在、何種類もの翻訳版があります。昨日は、岩波書店の高橋健二訳(1962年)、同じく岩波少年文庫の池田香代子訳(2006年)、偕成社文庫の若松宣子訳(2005年)、光文社古典新訳文庫の丘沢静也訳(2006年)、角川つばさ文庫の那須田淳・木本栄訳(2012年)、つごう5種類が集まりました。

 子どものころに読んだ方は、高橋健二訳ですね。です・ます調で、少し古くなった表現もありますが、大人になったわれわれが読むと、柔らかくて文章に余韻があり、胸にしみてくる感じがする、と高橋訳で読んだ方はみなおっしゃっていました。

 今回わたしが読んだのは、池田香代子訳。これは2006年ということもあり、今の子どもたちにも読めるように、表現がやさしく、親しみやすいものになっていて、子どもたちに勧めるには、これがいいだろう、という話になりました。わたしも読んでいて、翻訳に引っかかることがなく、とてもいい翻訳だと思いました。

 挑戦的なのが、丘沢静也訳。訳者のあとがきに、従来の児童文学の甘さを否定する、ケストナーの歯切れのいいドイツ語を再現する、といった意図が示されていました。わたしは直接読んでいないので、なんとも言えませんが、ぱらぱら見る限りでは、やはり、子どもは手にとりにくいような気がしました。でも、古典新訳は、こういう旧訳に対する「意図をもった改訳」が方針なので、いさぎよい訳だとも言えます。

 若松宣子訳、那須田淳・木本栄訳も、それほど違和感がない、というのが読んだ人の感想でしたが、つばさ文庫は、おなじみのマンガ風のイラストに違和感を抱く人も多いでしょう。原書のイラストがすばらしいので、これを収録している岩波版は、それだけでも頭ひとつぬけてしまうのかもしれません。

 ほかにも、講談社や国土社からも出ているようなので、読み比べもおもしろいと思います。ひとつわからないのは、たくさんの改訳が2005年前後から出ているのですが、ケストナーは1974年に亡くなっていて、2004年で死後30年、版権はまだフリーではなかったと思うのですが、どうなんでしょうか? なにか事情があるんでしょうね。

 

 今回も楽しくもためになる読書会でした。会場となった川越の絵本カフェ「イングリッシュブルーベル」( Ehon Cafe - English Bluebell - )のオーナーKさんは、今回は『飛ぶ教室』に合わせて、作中、マルティンが、正義先生のおかげでクリスマスに家に帰ることができ、両親といっしょに食べる、あの「レープクーヘン」を再現して作ってくれました。いつも、課題本に合わせて、ドリンクやお菓子を工夫してくださってありがとうございます!

 

 

(M.H.)