翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

コラム再録「原田勝の部屋」 第11回 星いくつ、いただけますか?

  この回で、パトリック・ロスファスの『風の名前』("The Name of the Wind", by Patrick Rothfuss)をとりあげたのですが、読んでくださった版元の白夜書房の編集者の方から連絡があり、お会いして、少しお話をする機会がありました。

キングキラー・クロニクル 第1部 風の名前 上巻 (キングキラー・クロニクル 第 1部)

キングキラー・クロニクル 第1部 風の名前 上巻 (キングキラー・クロニクル 第 1部)

  • 作者: パトリック・ロスファス,諏訪原寛幸,山形浩生,渡辺佐智江,守岡桜
  • 出版社/メーカー: 白夜書房
  • 発売日: 2008/06/23
  • メディア: ハードカバー
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  その時、やはり白夜書房から出たばかりの、プルーストの『失われた時を求めて』のコミック版、第1巻をいただいてしまいました。

失われた時を求めて フランスコミック版 第1巻 コンブレー

失われた時を求めて フランスコミック版 第1巻 コンブレー

  • 作者: ステファヌ・ウエ,マルセル・プルースト,中条省平
  • 出版社/メーカー: 白夜書房
  • 発売日: 2007/11/20
  • メディア: ハードカバー
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  きれいな本です。かの有名なマドレーヌの場面をちらりと。

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第11回 星いくつ、いただけますか?
(2008年7月7日掲載記事 再録)

 

 ウェブ上の書店として隆盛を誇っている「アマゾン・ドットコム」。このコラムの読者のみなさんにはおなじみと思いますが、アマゾンの書籍ごとのページには、タイトルや定価、原作者や訳者、価格や発行月などの書籍データだけでなく、アマゾン内での売れ行きを示すランキングや、最高五つ星からなる読者のレイティングと感想の書きこみがあるのはご存知でしょう。

 受験生の模試の順位、職場での販売成績、あるいはミシュランの三つ星や本サイトの翻訳道場五つ星しかり、ランキングやレイティングには不思議な力があるもので、じつはわたしも毎日のように自分の訳書の売り上げランキングを見てしまいます。

 そんな暇があったらしっかり翻訳しろ、と言われそうで、今まであまり人に話したことはなかったのですが、同じようなことをしている作家がアメリカにいることを知り、なあんだ、みんな(かどうか知りませんが)やってるんだ、と妙に安心しました。

 この作家、Patrick Rothfussという新進気鋭のファンタジー作家で、彼の名誉のために言っておきますが、処女作の『The Name of the Wind』は、この原稿を書いている2008年6月4日現在、アメリカのアマゾンでは、ペーパーバック版の売れ行きランクが600位台、読者評価は280件近くも寄せられていて、平均で星四つ半という堂々たるものです。7月に続編が出るというこの時期で、まだこの順位というのは大したものです。さらに、2007年のアマゾン、ブック・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、2008年4月には、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストの11位に入っています。わたしも読みましたが、本当に面白い! 翻訳権はすでに20カ国以上に売れていて、日本でも、この6月に白夜書房から『風の名前』というタイトルで出版されます。

 それはさておき、Rothfuss氏はとても率直な人で、自分のブログの中で、今まで無名だった大学講師が、賞を受けたり、印税をもらったりする(いや、正確には、いつ印税はもらえるんだろうか、と書いているのですが)ことへの感想をあれこれ記しています。さらに、「じつはアマゾンの売り上げランクが気になってしかたない」と書いていて、数分おきにアマゾンのホームページをチェックし、ランキングの上下に一喜一憂し、最後には、なんと自分で注文ボタンをクリックして、順位がどれくらい上がるか確かめてもいるのです(タイムラグがあるらしく、すぐにランクの上昇は確認できなかったようですが……)。

 まあ、Rothfuss氏のブログはただでさえ型破りで、読者を巻きこみながらいろいろ面白いことをやっているので、こうした行動も、半分はブログのネタ作りのためなのでしょうが、同時に、小説家や翻訳者の気持ちをとてもよく表わしていると思うのです。

 

 自分の訳した本は売れているのか? どんな人が読んで、どんな感想をもったのだろうか? なにより、翻訳に対する評価はどうか? こういうことは気になってしかたありません。でも、思いのほか、訳書への評価は翻訳者にフィードバックされないものです。

 原書も含め、作品全体の評価や感想を知るのに、どういう場があるでしょうか? もっとも直接的なのは読者カードというやつで、出版社によっては集まった読者カードを定期的にまとめてコピーし、訳者に送ってきてくれます。大勢の目に触れるのは書評欄ですね。全国紙、地方紙、一般の週刊誌・月刊誌、ジャンル専門誌などに書評が掲載される場合です。インターネットの普及に伴って、これにウェブ上の書評欄、個人のブログ、アマゾンを初めとするネット書店の読者評価や書店員の評価などが見られるようになりました。総じて、こうした直接の評価は、昔より数多く入手できるようになったと言っていいでしょう。

 ところが、翻訳そのものの評価に踏みこんでいる書評や感想は意外に少ないのです。もっとも、翻訳の良し悪しに触れずに作品の出来が評価されていれば、少なくとも翻訳が邪魔にはなっていない、という見方もできるので、翻訳についての評価がないことは、じつは良いことなのかもしれません。それでも、一言くらい言ってくれよ、と思うわけです。

 通信教育を受けたり、翻訳学校に通っていた時は、添削や級別判定、期ごとの成績など、それなりに他人の評価を受けることができるのに、いざ、訳書が書店にならびはじめると、そういう機会がめっきり減り、とても不安になります。もちろん、担当編集者が第一の読者として、まちがいを指摘してくれたり、評価してくれたりするのですが、時間的な制約もあり、充分に訳者との意見交換ができない場合もあります。

 やはり外部の評価、一般読者の評価が聞きたくなります。でも、いったい、われわれはそれを知ってどうするつもりなんでしょうか?

 人間ですから、ほめられたい気持ちはあるでしょう。それに訳書が世に出ると、とんでもないものに自分の名前をつけて世に出しているのではないかという不安が残るものです。せめて翻訳がけなされていないことを確認したいのです。

 逆の見方をすれば、欠点を指摘してもらい、次の作品での改善を期するためでもあるでしょう。しかし、けなされると人はへこみます。もっともな指摘もあるのですが、「おいおい、それはこの作品の対象読者を理解してないよ」とか、「いや、確かにそれは誤訳かもしれないけど、三百ページ訳したんだから、一カ所や二カ所……」などと、つい思ってしまいます。

 となると、結局、ほめられたときはうれしがり、けなされた時は、こいつはわかっていないと思う独りよがりに終わってしまうことになりますね。まあ、そもそも翻訳批評というジャンルが成立していないという議論があります。翻訳を批評しようと思えば、原書を読み、作家を知り、同じ作者の他の作品を読み、同じジャンルの本を読み、作品の文学上の位置づけを知り、訳文に漏れはないか、文体のもつ雰囲気は日本語に移せているか、などなど、膨大な作業をこなさなければならないからです。

 翻訳批評が成立しうるか、というのは壮大なテーマであり、とてもわたしの手には負えませんから、これ以上突っこむのはやめておきましょう。だいたい、アマゾンや個人のブログでの感想は、もっとストレートで率直な感想であり、批評などと大上段に振りかぶったものは少ないのですから。

 一つ、わたしがいいなあと思っているウェブ上の書評欄があります。児童書の翻訳家であるさくまゆみこさんのホームページ「バオバブの木と星のうた」の中にある、「子どもの本で言いたい放題」という児童書の合評コーナーです。2000年1月から続いていて、翻訳者、編集者、司書など、児童書の仕事に携わっている数名の方が課題の本を合評しているのですが、すでに250冊を越える本が対象となっていて、わたしの訳書も二冊含まれています。

 さくまさんの書評欄のいいところは、合評なので複数の方の視点が同時にわかることです。同じ本でも読者によって感想がまったく異なることがよくわかります。もう一つは評者の中に翻訳の良し悪しを判断する方がいて、時には原文まで確かめていることですね。総じて、合評という形式のおかげで、全体としてバランスのとれた書評になっていると思います。関心のある方は、ぜひのぞいてみてください。

 

 話はあちこち広がってしまいました。まとめるとすれば、結局、翻訳者というのは、面白いと思った本を紹介したい衝動に突き動かされて仕事をしているので、紹介した人たち、つまり読者のみなさんがどう思ったかをぜひとも知りたい、そういうことなのだと思います。もっとはっきり言えば、「面白かった!」の一言を聞きたいのです。(もちろん、ぼろぼろ誤訳があったり、読むに耐えない文章が連なっていたりすれば、それは論外です。)

 そのために、まず友人・知人に訳書を押しつけて感想を聞く、というのはわたしもよくやることですが、ピンと来なかった、という顔をされると、ほんとうにがっかりします。でも、それは当然のことで、人それぞれ面白いと思う本はちがうのですから、いくら友だちや知り合いだからといって、本の趣味まで同じわけはありません。

 それでも、世の中には自分と同じ感性をもった人がいるもので、ネット上で自分の訳書の感想を捜してみると、どの本についても、「面白い!」と書いてくれている人が一人や二人はいて、わたしはパソコンの前でにっこりします。その人にお礼のメールを出したいくらいです。お中元を贈りたいくらいです。この一言で、二、三カ月はやる気が保てます。じつは訳者をほめているわけではなく、作品をほめている場合がほとんどですから、95パーセントは原作者のおかげなのですが、残り5パーセント分は喜んだっていいじゃないですか。ねえ。

(M.H.)