翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

私的1985年夏

 昨日は映画「Summer of 85」のことを書きました。なぜこういうタイトルになったのかは、映画を観てもらって、パンフレットを読んでいただくとわかります。(あ、公式サイトを見てもわかる、と思います。)

 それはさておき、自分は1985年夏になにをしていたのか、というと、イラクのバグダッドにいました。当時勤めていた会社の現地工事がイラン・イラク戦争でいつまでたっても終わらず、その間ずっと、会計報告をイラク当局にしなければならず、一年に一度、ひと月ほどバグダッドに滞在し、毎日ほとんどすることもなく、ホテルのプールで泳いだり、テニスをしたり、チグリス川にかかるアダミヤ橋のふもとで、タイ料理をごちそうになったり(これを説明するとややこしいので、別の機会に……)していたのです。

 (Twitter "Iraq Now" より、チグリス川とアダミヤ橋)

 

 そして、36年前の昨日、1985年8月12日、日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落しました。わたしはこのニュースを、ホテルの部屋に毎日届けられる英字新聞、バグダッド・オブザーバー紙の紙面で知ります。山腹に散らばったジャンボ機の残骸の白黒写真が、妙に記憶に残っています。

 インターネットはなく、テレビの英語ニュースは5分くらいで、ほとんど天気予報とイランイラク戦線の大本営発表で終わり。英字新聞をあれほど熱心に読んだことはないかもしれません。

 あのころはまだ、翻訳をやろうなんてまったく考えていなかったし、36年後に、こんなふうにふりかえるとはもちろんわかりませんでした。日航機墜落の真相は、いろいろな事情で完全に明らかにはなっていないと言います。製造者責任の問題や、裁判での被告の権利の問題、司法取引や、いろいろな問題があると聞いています。もう、解明は難しいのかもしれません。

 

 あれ以来、なんとなく家内も私も飛行機は敬遠するようになり、海外出張の必要もなくなった今、四国に帰るのも新幹線です。それさえ、コロナで帰れていませんが……。

  毎年、いろいろな記憶が蘇る、8月12日です。

 

(M.H.)