翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

漫勉、ながやす巧さん

 先週、NHKの「漫勉」シーズン4の最終回、ながやす巧さんの回を見ました。いやあ、びっくりしました。

壬生義士伝(1) (KCデラックス 週刊少年マガジン)

 われわれの世代としては、ながやすさんといえば、やはり『愛と誠』。なんと、あれを連載していたのは23歳の時だというではありませんか。その若さにしてあの画力。すごい。梶原一騎の原作をもとにしているわけですが、上の書影の『壬生義士伝』や『鉄道員(ぽっぽや)』も、浅田次郎の原作があります。

 番組では、『壬生義士伝』の創作過程を紹介していたのですが、なんと、準備に2年。2年ですよ。ちらりと映った資料は、京(?)の街を俯瞰で描いた絵で、しかもすごく緻密。武士の立ち姿、袴、手甲、日本刀、和服など、実際に描いて資料にしている様子がわかりました。

 原作は7回読んだそうです。涙が出なくなってから描き始める、と。感情移入しすぎると描けない。泣く方じゃなくて、読者を泣かせる方だから、と。それはそうですが、翻訳する時に原作を7回も読まないからなあ。せいぜい2回くらいかな……。

 しかも、ネームの前に、コマ割りのコマの中に、原作をそのまま文字のまま書き込んでいました。そう、浅田次郎の原作を、全部手書きで、コマの中に文字を写しているんです。そして、各コマに書き込んだ文章のどこをどう絵にするか考えるらしい。あちこちに赤線が引いてあったのはそのためでしょう。

 そして、実際に描き始めると、ながやすさんはアシスタントがいないので、ほんとうにひとりで全部やる。スクリーントーンを貼って削って、も、全部ひとり。しかも、主人公を先にずーっと描いていく。つまり、1ページずつ完成させるんじゃなくて、主人公だけを先までずっと描いていく。絵がぶれないように、そして、おそらく、思い通りに変化させるために。

 翻訳でも、時おり、ひとりの登場人物のせりふだけをずっと追って見直し、ぶれていないかどうか確かめることがありますが、漫画の場合はビジュアルなので、ぶれたら目立つでしょうからね。

 先日、わたしの訳した作品の中で、なんでこの人はあとのほうで口調が違うんだ、という感想を寄せてくれた読者がいて、それはこういうわけで、と説明したことがあります。『ハーレムの闘う本屋』に登場する詩人のニッキ・ジョバンニの口調です。それは意図的に変えたわけですが、でも、気づく読者は気づくのです。詩人としてデビューしたころの初々しい感じと、今も存命で、その元気な、ちょっとおばさんキャラの入った力強い口調(YouTubeで確認!)の差を出したのですが、少しやりすぎだったかもしれません。

 

 それはともかく、原作から漫画を描き起こす作業は、一部、原作から翻訳作品を生む過程に似ていて、共感しつつも、この作りこみは絶対無理だ、と思いながら見てました。浦沢さんも、準備に2年と聞いて、「ぼくなら2週間だな」と言ってましたが、まあ、それがふつうでしょう。でも、ながやすさんの精神はわかります。居住まいを正したくなる番組でした。

 

 漫勉、まだやるみたいです。シーズン5が楽しみ。

(M.H.)