翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

大学入試、英語民間試験について

 今朝の朝日新聞。どう考えても、2020年度からの導入には無理がある。

 全国高等学校長協会からも文科省に延期の要望が出たばかりだ。考えてみてほしい。「全国の高校の校長先生たち」が、「延期してくれ」と言ってるんだぞ。

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   文科省の言う4技能の実力養成を図る、という趣旨はよくわかる。しかし、それを、すべての受験生、基本的には高校三年生時点で、一定レベルクリアを求める必要はまったくない。

 本来、自分に必要なスキルを、人生の必要な時期に身につけ、その能力を発揮できる職場に、年齢に関係なく移ることができるのなら、こんな制度改革は必要ない。国際化の時代、英語4技能に長けていれば、いろいろメリットもあるだろう。けれど、国民全体にそのスキルが必要か、といえばそんなことはないはずだ。大学進学率が高くなっていて、大学生としての、そして社会人としての能力は、語学力以外に測るところがたくさんあるのに、入口とも言える大学入試の時点で、語学力で線を引いてしまうのはまちがっている。

 そもそも、ろくに言うべきことをもたない人が、語学力だけつけたって(そんなことが可能ならばだが)、くその役にも立たない。わたしがメーカーのサラリーマンだった1980年代は、まだ日本企業に元気が残っていて、海外に出ていく仕事も多かったが、技術指導に行く設計者や高卒の現場の人たちが、立派に欧米の人たちと英語でコミュニケーションをとって仕事をしていた。それは、語学力に長けていたからでなく、「言うべきことをもっていたから」だ。

 当時はまだ、日本の技術力の相対的な優位性や、途上国との経済格差などが有利に働いていたので、同じことは望めないだろうが、それでも、売れる技術や、売れる発想や、そういうものがあれば、語学力はあとからでも大丈夫だと思う。あるいは、そのための語学の専門職を活用すればいい。

 

   そもそも、大学入試を改革することで、高校までの教育内容の改革を促すという発想は、正しいようで、どこかズレていると前から感じていた。よくよく考えてみると、それより先に、日本企業の新卒一括採用制度や、(崩れかかった)終身雇用・年功序列制度を変えなければならない。年齢や入社年による横並び待遇を払拭していかなきゃならないのだと思う。

 だいだい、就職してから必要な知識を得るために退職して学びなおすと、再就職がむずかしい社会はおかしいだろう。女性の賃金がこんなに低いのはおかしい。法律はちゃんと整っているのに、まったく趣旨どおりに運用されていない。最低賃金とか、同一労働同一賃金とか、男女の雇用機会均等とか……。労働組合とか、ストライキとか、団体交渉とか、なしくずしにされてしまっている。すべて、個人の権利ではなく、企業の利益を優先するように動いている。 でもじつは、旧来型の人事管理では日本企業が利益を上げづらくなっていることはみんなわかっていて、外資と合併したり、外国人の社長を迎えたりしているのだ。

 結局、個人の権利を守りながら合理的に経営したり、働いたりすることが大切で、つまりそうなっていない日本の労働環境を変えようとしないのがまずい。そこが変わっていないのに、大学入試を変えることで、高校生の語学力を伸ばそうなんていう発想はまちがっている。大学のその先にある就職・就労環境を先に変えろ、と思う。そうすれば、大学生は必要な語学スキルを身につけようとするだろうし、高校生はそれを見て考えるだろう。

 

 やりなおしがいくらでもできる社会が望ましいし、個性を尊重する社会になってほしい。大人が変わってないのに、過剰な負担を高校生にかけちゃいけない。

 

 じつはわたしは英日の翻訳なぞしているが、外大に入ったと報告したら、高校の担任の先生は「えっ?」と言って、ききなおしたぞ。英語の成績はそんなもんだったし、大学では英語は2コマしかとってないし、4技能の話す・聞くはかなりあやしい。でも、話したいことや、聞きたいことはあるから、それなりのコミュニケーションはとれる。

 

 

 なんでも一斉に、横並びにやろうとするからいけない。

 

(M.H.)