確定申告の準備をしているといつも、若い頃にイラクのバスラにいた時、アラビア語の決算書類を作ってくれていた現地の会計士さんのことを思い出します。
会社が契約していたイラク人の会計士さんは、60歳前後の男性で、人種的にはアルメニア人でした。長身でいつも背広にネクタイ姿、物腰が柔らかい紳士でした。わたしとのコミュニケーションは英語です。
こう書くと、ダンディなビジネスマンのイメージですが、実際には、暇をもてあましているおじいちゃんと言ったほうがふさわしく、事務所に行くと、「ミスター・ハラダ、まあ、まずはコーヒーを飲もう。いれてあげるから座っててくれ」と言い、おもむろにガスレンジの前に行き、ひしゃくみたいな形をした銅製とおぼしき小さな鍋で、トルココーヒーをいれてくれるのでした。
トルココーヒーなるものは、彼の事務所で初めて飲み、以来、行くたびに飲まされていましたが、あれからもう30年近く飲んでいません。鍋に入れたお湯にコーヒーの粉を直接入れて煮立たせ、それをカップに注いで上澄みを飲むんだったと思います。会計士さんはおしゃべり好きで、仕事の話になる前に30分くらいはすぐにたってしまいます。こっちも正直、ものすごく暇だったので(笑)、楽しくつきあっていましたっけ。
トルココーヒーは、飲んだあとカップの底に粉の溶けたものがねっとり残るのですが、それをソーサーの上にひっくり返し、しばらくしたら、できた模様で占いをします。彼もそれらしいことをしていましたが、占いの結果を聞いた記憶がないので、まねをしていただけだったんでしょう。
仕事はといえば、英語で作った決算書類(先輩たちがフォーマットを作ってくれていたので、簿記の簿の字も知らない25歳の原田は、マニュアル通りに作ってただけですが)を渡し、数日後にアラビア語になったものを受け取る、ま、基本それだけでした。
当時はコンピューターもまだほとんど導入されていなかったので、電卓で計算するのですが、彼の特技は記帳ミスを発見すること。たとえば、「96」を「69」と写しまちがえると、差が「27」ですよね。こういう、まちがいやすい数字のペアとその差をたくさん知っていて、たちどころにミスを見つけるのには驚きました。
しかし、不思議なのは、アルメニア人はトルコを民族の敵として幼い頃から教えこまれているはずなのに、どうして彼はトルココーヒーがあんなに好きだったんでしょうか。飲食物と民族問題は別なのかもしれません。まあ、歴史の長い中東では、いちいち目くじら立てていたら、なにも食べられず、飲めなくなってしまうでしょうし。
あ、上の写真はトルココーヒーじゃないです。いつもの汚れたカップに入れたブレンドコーヒーを、ちょっとアレンジして撮っただけ。でも、なんか、それっぽいでしょ。
(M.H.)