『冬の蕾 ベアテ・シロタと女性の権利』(岩波書店)は、日本国憲法の草案づくりにたずさわったアメリカ人女性、ベアテ・シロタ(Beate Sirota Gordon、1923-2012)と日本、日本国憲法との関わりを描いたマンガです。作者は、わたしも学生のころよく読んでいた樹村みのりさん。樹村さんの線は大好きです。
一部の改憲論者は、今の憲法を押しつけと言いますが、たしかにそういう側面もあるでしょう。しかし、戦後、日本人だけで憲法を作りなおしていたら、現行憲法ほど民主的な憲法はできなかっただろうことが、この作品からもよくうかがわれます。また、まだ若い女性だったベアテ・シロタさんが起草にかかわったからこそ、理想をかかげた条文ができたことも描かれています。
ベアテさんはウィーン生まれ。お父さんはユダヤ系のウクライナ人(ロシア統治下)でピアニスト、ご両親とともに5歳で来日したベアテさんは、封建的だった日本の女性の生活をその目で見聞きしていました。アメリカの大学に在学中、第二次世界大戦が起き、ご両親はヨーロッパにもどれず、軽井沢にお住まいだったようです。
日本語だけでなく、数か国語に堪能だったベアテさんは、憲法草案制定会議のメンバーとして戦後来日し、女性の人権に関わる部分を担当します。各国の憲法を研究し、新しい日本の憲法に生かすべく努力します。念頭には、子どものころから見知っていた、日本女性の社会的地位の低さを改善したいという思いがありました。
ベアテさんが書いた条文案は、当初、憲法としては長文で、刈り込まれてしまいますが、作品中に引用されたその草案には、男女平等をめざし、生まれてくる子どもが出自にかかわらず等しく社会から尊重される権利を謳っています。こうした条文案を練っていく様子や、日本側の反発などが、この作品にはよく描かれています。
彼女の草案が生かされた、現行憲法の第24条を引用しておきます。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
自民党改憲草案を比較のために挙げておきます。赤字は新しく加わる文言。
第二十四条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。
2 婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
3 家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
なにがヤバいかというと、「家族は、互いに助け合わなければならない」という一文。一見、当然のように見えますが、家族内で虐待や別居、養育放棄などがあったとしても、この一文によって、社会的なセーフティネットの対象外となる恐れがあり、たとえば、家族がいると、たとえ別居していても生活保護を拒否することが合憲になるでしょう。自治体による親族調査や生活保護の拒否は、現状でもすでに発生していて違法なものです。
自民党の改憲案がいかにヤバいかは、こちらのサイトで確認できます。
また、こうした家族観は、旧統一教会の理念とも重なっているという不気味さがあります。旧統一教会の代表者の会見で、信者の離婚率の低さを自慢していましたが、別れたくても別れられない状況に追い込まれた人の不幸を思って、ぞっとしました。離婚率が低いことがそれだけで善であると考える時点で、もう、価値観が非常に偏っています。
また自民党は、同性婚や選択的夫婦別姓、LGBTQ運動などに終始反対していますが、要するに、「個人の権利の抑制」をめざしているとしか思えません。
国会議員の男女比が偏り、女性の賃金が低く、出産や教育に莫大な出費がかかる現状は、女性や子どもの権利が守られていないことを示しています。こうした、個人の属性で不公平が生まれてもよいと考える人は、自分の属性のうちのなにかが、いつか差別の対象になるかもしれないと、なぜ考えないのでしょうか?
『冬の蕾』は、とても丁寧な下調べをして描かれていることがよくわかる良書です。みなさんも、ぜひ!
(M.H.)