翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

日本翻訳大賞@翻訳ラジオ(2)

 さて、昨日に続いて、翻訳ラジオの訳者インタビューを聴いての感想です。

精神病理学私記 アカシアは花咲く―モンタージュ (東欧の想像力)

  今回の受賞作は、いずれも、研究者の手になるものでした。

 『精神病理学私記』は、H.S.サリヴァンという精神医学の先駆者が書いた学術書(お話を聞いていると、単なる学術書ではなさそうですが)を、阿部大樹さんと須貝秀平さんという、まだ30前後という若い精神科医・研究者のお二人が、原書の中身を熟知した上で、3年かけて綿密な調査をし、かつ文体を試行錯誤した上で書籍化されたものです。

精神科医が翻訳をするということ-『精神病理学私記』第6回日本翻訳大賞受賞に寄せて(阿部大樹) | Web日本評論

 

 一方の『アカシアは花咲く』は、ポーランド文学の研究者である加藤有子さんが、対談で語っていらっしゃったように、ポーランド語、イディッシュ語、ブルーノ・シュルツの研究などを通じて、やはり高い専門性をバックにして翻訳された作品だということを知りました。

 

 どちらも読んでいないので、ラジオを聞いて考えたことにすぎませんが、とにかく、御三方とも、主題や原語、背景や周辺について、圧倒的な知識をもち、さらに時間をかけて調べて翻訳しているということ。この事実には、お話をうかがっていて、我が身をふりかえり、恥ずかしくなるばかりでした。理想的な訳者に恵まれた2作であることはまちがいありません。こうした高いレベルでの専門性を発揮するのは、自分にはむずかしいのはわかっていますが、それでも、安易な翻訳はしてはいけないと、身が引き締まる思いでした。

 

 また、どちらも100年〜80年前に書かれた原作であること。こうした作品が、時を経て評価され、あるいは翻訳する意義をもつことが、奇しくもこの2作で証明されていることも興味深い事実でした。わたしには、研究者としてのバックグラウンドがなく、原書を多く読みこんでいるわけでもないので、どちらかといえば、新しい作家、日本に未紹介の作家を追っているところがあります。翻訳者によって、さまざまな役割があるとは思いますが、未紹介の作品を発掘・紹介する意義を強く感じたインタビューでした。

 

 もうひとつ、今回聞いていて感じたのは、訳者と選考委員のみなさんのやりとりを支える信頼できる言葉の力です。最近、国会中継や政治家の会見を耳にするにつけ、こんなに空疎な言葉ばかり、よくならべられるものだとあきれていたのですが、翻訳ラジオのインタビューを聞いていると、なにが心地よいと言って、適切な言葉が当然の意味をもって用いられ、腑に落ちない時は問い返し、問われた方はそれをパラフレーズし、賛成であれば大きくうなずき(ってラジオだからわからないけど)、意見を異にすれば、明晰な言葉で別の論を展開する……。

 ああ、言葉にちゃんと力があるなあ、と安堵した次第です。

 もしかしたら、受賞作を読んでいない自分が今回感じた、一番の感動ポイントは、ここだったのかもしれません。

 

 あ、あと、師匠の金原先生が今回で、とりあえず選考委員を降りられるということで、ご苦労様でした。ほかの選考委員のみなさんも交代で、翻訳大賞を受賞されたら選考委員にもどるとか(笑)、そうしたらいいんじゃないでしょうか。あるいは、「選考委員の翻訳作品読者投票」とかどうですか? 

 

 

 第7回も盛り上がりますように。推薦しなくちゃだけど、うーん、あまりに読んでない……。

 

(M.H.)