翻訳者の部屋から

児童書・YA翻訳者、原田勝のブログ

『ハーレムの闘う本屋』本日配本!

 新刊、『ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯』(ヴォーンダ・ミショー・ネルソン作、R・グレゴリー・クリスティ絵、原田勝訳、あすなろ書房)、今日から書店の店頭に並びはじめます。

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 これが原書の表紙。原題の "No Crystal Stair"(「水晶の階段じゃなかったけれど」)は、本文中に引用されている、ラングストン・ヒューズの 'Mother to Son' という詩の一節。詩の翻訳は、むずかしいけれど、面白いですね。

 

    先週のラジオで紹介してもらったお陰で、アマゾンでは予約が入っているようですが、大きめの版なので、実際に手にとってみるとなかなかの迫力ですよ!

 わたしの書いた推薦文がもうひとつありますので、今日はそちらを載せておきます。

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「知識は人間の尊厳のために」

 

 なんという生涯だろう。ルイス・ミショー(1895-1976)は、1939年、40歳をすぎてからニューヨークのハーレム地区で書店を開業、黒人が書いた、黒人に関する書籍ばかりを扱い、創業時はたった5冊だったと言われる店の在庫は、1974年、79歳で店をたたむ時には、なんと22万冊に膨れ上がっていたという。これは、日本のちょっとした地方都市の図書館の蔵書に匹敵する数だ。見まちがいではないかと何度も確認したが、たしかにそう書いてある。

 自らも黒人であるミショーは、まともな教育を受けず、若いころは警察の厄介になったこともあったが、当時激しかった人種差別に憤り、早くから黒人としての意識に目覚めていた。そして、説教師だった兄の教会を手伝いながら、黒人がその低い社会的地位から抜け出すには、一人一人が知識を蓄え、民族の歴史を再発見することが重要だと思い定め、当時も今も数少ない、黒人専門書店を開く決意をする。

 1950〜60年代の公民権運動の高まりの中、ミショーは、白人との融和を説くキング牧師を快く思わず、黒人の歴史や文化を重んじてアフリカ回帰を説いたマーカス・ガーヴィーの思想に傾倒し、その延長線上にあるブラック・ナショナリズムを支持するようになる。マルコムXは、ミショーを慕って彼の書店に足しげく通い、店の前で何度も演説を行なったという。

「ミショーの店」には、活動家や学者ばかりでなく、知識を求める市井の人々も多く集まってきた。ミショーは、客を地位や職業で区別することなく店に招きいれ、本を買う金のない人たちには店の中で読ませ、貸し与えた。ミショーの店は知識を求める黒人たちの集会所となり、若者たちの学び舎となった。そして、常に学習を怠らないミショーは「教授」と呼ばれるようになる。自学自習で培った黒人としての確固たる信念を舌鋒鋭く展開する一方で、ユーモアと愛情に満ちた人物だったことも描かれている。

 本書は、アメリカの黒人史研究において、今まであまり光を当てられることのなかったルイス・ミショーという稀有な人物を鮮やかに描いた「ドキュメンタリー・ノベル」である。作者は、ミショーの弟の孫娘であり、残っているインタビュー音源や、各種媒体の記事を集める一方で、親戚・知人・関係者への取材に何年もかけて素材を集めたという。しかも、それを、作品にするにあたっては、じつに巧みな取捨選択を行なっている。読者には、その独創性あふれる構成を、印象的なイラストとともに楽しんでほしい。

 最後に、この作品が、知識というものが、人間が尊厳をもって生きるために、また、人種や民族がその誇りを保つために、どれほど重要な役割を担っているかを描いた作品であることを付け加えておきたい。知識が、消費される情報に成り下がり、娯楽や利殖の道具と化した感のある現在の情報化社会に、ルイス・ミショーの生涯は一石を投じているのではないだろうか。

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 ミショーさん、ほんとうに熱い人です。(M.H.)