『羊と鋼の森』(宮下奈都作、文藝春秋)を読みました。よかった。じわっと涙が出ました。感覚を言葉で表わすのはむずかしいと思いますが、それがうまく行っている文章には感動します。
昨年2016年度の本屋大賞を受けた小説です。ピアノの調律師さんの話で、「羊」はピアノの弦をたたくフェルトを、「鋼」はその弦を表現している、ということだけは知っていて、へえ、うまいなあ、と思っていました。
じつは子どものころ、ピアノを習っていました。うそじゃありません。小学校の5年生くらいでやめたと思うのですが(バイエルは終わって、ブルグミュラーに入ってたかな?)、とにかく音楽の才能はありません。だんだん課題がむずかしくなっていき、譜面と指を合わせるだけで手いっぱいで、暗譜もできないし、楽しむとか、そういうレベルに行きませんでした。でも、音楽や、音楽に関わる人(の話)は好きです。
『羊と鋼の森』はピアニストではなく調律師の話。そこがいいんでしょうね。ドライバーじゃなくてメカニックの話、とか、小説家じゃなくて翻訳家の話、とか。ん、ちょっとちがうか……。とにかく、音や聴覚を言葉で表わすのは大変だと思うのですが、言葉のもつポテンシャルはすごい、と改めて思いました。
それほど長い小説ではありませんが、たぶん、ネタはこの10倍も20倍もあったんじゃないかと思います。ふみこみすぎない感じがいい。
表紙がいいなあ、と思って、イラストレーターさんの名前を見たら、牧野千穂さんでした。昔、わたしの訳書のイラストも描いてくださっています。
これです。
これも不思議な雰囲気です。そもそも、ストーリーも、共感覚(音を聞いて味が浮かぶとか、五感が混じっちゃうこと)をもつ主人公が語る不思議な話です。ヤングアダルト。もちこみでした。傑作じゃないけど、作者が言葉をあやつってる感じがたまらない作品でした。それを好き勝手に日本語に直すのがおもしろかった。
この表紙はそういう作品の雰囲気をよく表わしていて、大好きな表紙のひとつ。そうか、『羊と鋼の森』も感覚の話だから、共通点がありますね。牧野さんのイラストにはそういうイメージの喚起力というか、五感を刺激する力があります。
いい本を読むと、元気が出ます。
元気、出ました。
(M.H.)